Bounty Dog 【清稜風月】38-39

38

「ウマノ(人間)として存在を消されているんだったら、都合の良い事しかしない祖国なんて見捨てて、ファンタスマ(幽霊)としてやりたい放題してやる。当たり前だろ」
 小麦色の肌をしている黒髪の人間の少年は、澄んだ緑色の目で東の島国の国花達を眺めていた。吹雪のように風に乗って大量に吹き流れていく桜の花弁を全身に受けながら、何の感情も抱いていない亡霊がするような真顔で、花見を楽しんでいる周囲の人間達を全て無視して独り言を呟き続ける。
「旅行者を装いながら外国に侵入して重要機関の情報を丸ごと盗み取ってきてるけど、おれは別の場所に売って祖国の支配者共には渡さない。それにそれだけだけだと全然面白く無いから適当な店とか会社の機密情報を丸ごと盗んで別の会社に売ったり、カフェテリアで見付けた金持ってそうな人間共がしてる家の自慢話を聴いて、ちょっとこっちで調べた情報を追加してから闇の犯罪サイトで売って、その日の内に相手の家を強盗に襲わせて一家丸ごと此の世から消滅させたりして小遣い稼いでる」
 少年は”インスレクト(反逆者)”という烙印を押されて、己の祖国から影で国際手配されていた。昨日やってきた”同じ幽霊”達による強襲は日常茶飯事だったが、此れまで全ての相手を難なく返り討ちにしてきた。
 国から与えられた能力と道具を私利私欲の為だけに使っている少年は、青白さが混ざるピンク色の花弁という溶けずに凍えもしない雪達にも、今は一切興味を示さない。少年が今興味を持っているモノは1つだけだった。桜並木が左右にある道を延々と歩きながら、視線は前方だけを向いている。
 睦月とヒュウラが発見する遥か前に、少年は既にもう”アレ”を見付けていた。血飛沫の染みが彼方此方に付いている灰色のパーカーのカンガルーポケットに両腕を突っ込みながら、凍った心が溶けたように片眉を上げて感情を顔に出しながら独り言を更に続けた。
「おれは正しくリベルタ(自由)。だけどリベルタなおれがする事に、余計な手間になるオマケを誰も勝手にするな。
 あーくそ、ウチの会が作ってる本を此の国の指導者2人にやっただけで、凄えややこしくなってきた。やっぱ子供探しなんかよりも重要だわ、計画の強制進行」

39

 槭樹を追うヒュウラは、後ろから尾行しているコノハに勘付いていなかった。スパイに別のスパイがくっ付いているような異様な状態で山の中を動き回っている5人の人間と1体の亜人は、先頭の3人が再び立ち止まったので全員が行動を止めた。
 槭樹が山頂付近から登っている白い煙を眺めている。日雨か彼女の代理保護者が料理でも作っているのか、うっすらとだが山中にも煮物の匂いが漂ってきた。
 ヒュウラは鼻を強めに摘んだ。人工の食べ物は煎餅に塗られた醤油が焼ける匂い以外は全て”臭い”と認識する狼は、匂いが漂ってくる虫の亜人が住む一軒家がある場所を凝視している人間の男を凝視する。
 コノハは両方を双眼鏡越しに交互に見ては、イケメン2対象に向かって親指を立てて心の栄養チャージに専念していた。任務を半分放棄している問題保護官については存在すら知らないヒュウラは、槭樹が家のある山頂に向かって歩を進め始めたと同時に動いた。

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