Bounty Dog 【清稜風月】112-113

112

 槭樹と同じく、己も”火の厄災”で此の世を去った両親の墓守りをしていた。この日は早朝に急用が出来てしまったが、用は直ぐに済んだので予定通り、月に一度の墓参りに来る事が出来た。
 薄い黄色の街着を身に纏っている甘夏・カンバヤシは、公務中に命を落とした己の両親である帝と皇后の墓の笹石に、木製の柄杓で静かに水を掛けた。櫻國では冥土に咲く不吉な花と信じられている彼岸花を敢えて『独立』という花言葉の意を込めて菊と一緒に花立に飾り、火を付けた蝋を立て、香炉に蝋の火を移した線香を立てる。死者を弔う準備を整えてから、甘夏は墓の前で跪いて手の平を胸の前で合わせた。背後に立っている護衛の女官達も手を合わせて目を瞑った。
 女の生者ばかり居る霊園に、1人だけ男の生者が居た。甘夏に依頼されて彼女の臨時護衛官をしている睦月も、女官達と同じように手を合わせて目を瞑り、亡き帝夫婦が永遠(とわ)の時を安らかに眠れるように念じる。冷気と神聖な気配を纏った緩やかな風が吹くと、数分間の黙祷を終わらせた甘夏が立ち上がって振り向いた。
 睦月に話し掛ける。
「睦月殿、申し訳ありませぬ。私事にまで付き合うて頂き、かたじけのう」
「いえ。僕の方こそ、面目無い。身分が全く異なりますのに……しがない僕のような猟師が、帝(みかど)家の姫を御守りなんて」
「私を姫と呼ばないで頂きとう。睦月殿、其方には特に」
 甘夏は頬を赤く染めながら微笑んだ。睦月が不思議そうに首を傾げると、女官達がヒソヒソと小声でお互いに話し合う。
 甘夏は肉体を喪失して石の中で眠り続ける父と母の墓を一瞥した。再び睦月に顔を向けると、満面の笑顔で言葉を続けた。
「其方は掛け替えのない友垣(ともがき)で御座います。私の事は甘夏とだけ呼んで下され」

ここから先は

1,679字

¥ 100