Bounty Dog 【清稜風月】208-209

208

 何をするのも先ず頭脳を使って行うべきだと、其の人間は座右の銘のように思って生きている。己は虫の亜人に名を尋ねた『鍵』の形状や色や何れだけ使ったかを他の存在に語れる程には未だ使いこなしていない齢だが、鍵そのモノよりも其の人間は、鍵が”折れる”事に強い好奇心も抱きながら生きていた。
 日雨が持っている知能は、安本丹だと幼馴染の人間達に良く呆れられる程だった。低過ぎないが決して高くもない知能を使って謎々の答えを考える。賢さは余り宜しく無いが純粋な性(さが)をしている虫の亜人はうーんうーん唸りながら考えに考えてから、2本の赤い触角を己の顳顬にくっ付けて、己の記憶を読み取り始めた。
 人間は再び、元賽銭箱だった小銭と木の破片で構築されている瓦礫の上に座る。背後にある社に吊るされている大型の鈴が付いた太い綱が、山風に押されて大きく揺れた。重々しくも神聖な鈴の音を聞きながら、ラフな西洋服を着ている人間は、人間達が作り出した発明品『通信』を殺す装置のボタンを押し続けている。
 其の人間は無神論者だった。神という存在は万物も八百万も他の全てのモノも一切信じていないが、己を含めた人間という生き物達が、此の世に生きている全ての存在の頂点である『絶対神』だとも、微塵として思っていない。
 目の前でウンウン唸っている虫の亜人を『山神』だとも思っていない。虫の亜人は唸り過ぎて、顔を真っ赤に染めた。元々は黄色い肌をしている顔の色が青紫色になる前に、知的な雰囲気を漂わせている其の人間は、微笑みながら亜人にヒントを与えてやった。
「鍵は使い続けていると必ず自然に折れるが、自然に折れる時期が何時かは誰にも分からない。だが其の鍵はとても脆い。自分で折ろうと思えば簡単に折れる。他の存在によって簡単に折られてしまう事も多いんだ。だから鍵は折れないように、何かに折られないように常に守り続けなければいけない。
 君のような人間に生物素材を狙われる生き物は、特に」
 日雨の顔の色が青紫色になった。撫子色の目を見開いて驚愕すると、人間に向かって言う。
「え!折られちゃうの!?鍵さん……凄く可哀想」
 人間は苦笑した。鍵自体を心配している虫の亜人は、賢いのか馬鹿なのか今の段階では判断出来なかった。

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