Bounty Dog 【清稜風月】189-190

189

 殆どの人間に”悍ましい化け物”と称される、我々の世界にも妄想と創作御伽噺に居るが此の世界には”生き物”として明瞭に居る摩訶不思議な存在の1体が、清稜の山から人間達の町に降り立った。疾風のように動いて、人間が作った町というモノの中に並んで建っている『箱』達の屋根を走り伝っては跳ね飛んでいく。
 ”女”という生き物を体の中から吐き出すように産んでも死なない化け物仲間の1つが個人的な買い物を終えて出てきた『箱』の屋根にも、”其れ”は着地して風の如く走り過ぎていった。2日悩んだ挙句に植物の苗木を諦めて種を買った、己が得られる収入が少な過ぎる事に年がら年中悩んでいる人間の女は”黒い風”が通り過ぎた屋根を見上げて、風の気配に微塵も勘付かずに大きな溜息を吐いた。
 此の島国に産まれ育っていれば、己の月給を『賽銭』または『御布施』と称するだろう。己は西洋で産まれ育っているので、己の月給を『礼拝代』または『神父か牧師への告解代』と称する。笑える程に少ない毎月約束されて得られる金だった。其の金が善良、もしくは善良の仮面を被りたがっているだけ、あるいは己は微塵も善良では無いと確信しつつも其の場の勢いでしてみただけ。いずれの理由であっても大勢の人間達が差し出して譲り受けている”寄付金”である事は、一部を約束された月々の給与として受け取っている女にとってはどうでも良かった。
 本業である”某小規模組織”は、約束された金は一銭も貰えず、寧ろ頂点の人間に活動を援助する金を渡さねばならない所である。其の一方で頂点が代価に授けてくれるモノが上手く使えば莫大な金を手元にもたらすモノである為、女は組織に会員費を毎月キチンと支払っている。だが女は未だ立場が低過ぎて代価を受け取っていない。故に喉から手が出る程、常に金と承認を欲していた。
 人間は生きている間、殆どの存在が罪を犯し続けている。僅かな過去までとある土地を支配していた3人の人間が犯していた罪は『生物実験』『金銭欲』『麻薬汚染』だった。我々の世界を含めて幾多の星と世界で蠢くように生きているだろう人間の殆どが無意識に犯し続けている2つの罪は『金銭欲』と『承認要求』である。
 膨大な金銭と他から得る無限の賞賛を、八百万の神や万物の神以上の絶対神がもたらす恩恵だと信じ込み、妄想で作り出した金銭の神と承認の神を彼ら彼女らは四六時中崇めて信仰する。己の『守護霊』を押し除けて魂の中に住まわせた金銭の神と承認の神に「何の努力も活動も私の実力で零から致しません。愛を浴びる程に受けますが私は誰にも真の愛を1滴も与えません。金と名誉を私にだけ御恵み下さい。他の者が持つ金と名誉を根刮ぎ御奪い下さい。其れも私に全て御恵み下さい」とエゴイスチックな祈りを捧げ、悪神達の奴隷として相応しい狂乱演舞をクルクル、クルクル、グルグルグルグル踊り踊って他と己を散々不幸にして身勝手に生きてから、勝手に「理想と全く違う」と絶望して、ジワジワ苦しんだ後に最終的にのたうち回って騒ぎ騒ぎながら”くたばって”他の誰からも望まれていないエゴの残骸達を後世に散布したまま放置する。
 己が生み出した悪神・金銭の神と悪神・承認の神に頭を狂わされて、殆どの人間達は頭が盛大に狂ったまま生きて死ぬ。この2柱の悪神を完全に己から喪失させて何にも頭を狂わされずに、個々が世界に生まれた時に課せられている”己が此の世界で生きる意味”という使命を見出し、全うして生涯を終えられたら、生きている間は『愚者』だと”使命を見出す事すら放棄した真の愚者達”に嘲笑われて蔑まれるだろうが、死後に冥土で『聖人』だと、偉大な真の神々から褒め讃えて貰えるだろう。

 肉体を持って此の世で生きている生き物は、人間であってもそうで無くても全てが世に撒き散らかされた”エゴの残骸”である。其の中でも『大罪を犯す為に己は此の世界に産まれてきたのだ』と課された使命を盛大に歪めて認識している”エゴの残骸”が、此の世界にも我々の世界にも、どの時代にも必ず存在する。
 癌細胞は、個々の生き物達の身体の中から、世界に生きる命達の中から毎日毎日複数発生している。其の殆どは脅威的な力を得る前に、様々な要因で喪失させられる。”巨大な癌細胞”の1つは未だ喪失していなかった。だが気紛れに保護していた運命と『霊』は、徐々に彼女を飽き始めている。

 『霊』から力を借りているヒュウラは、運命の方が己をどう扱おうが何とも思わない。黒い風になって町を駆ける狼の亜人がイヌナキ城に辿り着いた時、城内で人間達が乱を起こしていた。

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