Bounty Dog 【清稜風月】255-256

255

 コノハ・スーヴェリア・E・サクラダは、信じるべきか判断に困るものを見付ける事になる。完全に意識を取り戻した睦月に日雨の捜索を一旦任せ、己は山の麓まで単独で足を運んでいた。
 上司のシルフィには麗音蜻蛉の保護を命じられていたが、麗音蜻蛉の護衛役である人間に「麓の様子を見に行って欲しい」と依頼された故に、別行動を取っていた。”起きたばかり”の状態である睦月よりも、明瞭に意識がある己の方が長距離移動に向いている。加えて、上司は激推し亜人の誘導に専念してしまっているのか、己はまたもや放置されている故の”緊急自己判断処置”を実行していた。
 現上司は現場保護官の誘導(ナビゲーション)を専門業務にしている情報部に半年間所属していたが、約20倍の年数を現場部隊での”直接行動”でキャリア積みしている為、保護官達を纏めて誘導する司令塔としてはマルチタスクが未だ出来ない”ヒヨコ”段階なのだと、密かに評価していた。決して相手を見下していないが、シルフィ・コルクラートに期待は元々していない。相手が組織の問題児であろう無かろうは関係無く、他の存在に期待をするという行為を、そもそも彼女は推しの売れっ子アイドルからライブ中に「突然だけどボクの妻になってくれ」と名指しでプロポーズを受ける事と同じくらい、叶わない可能性が非常に高いモノだと考えている。
 期待は極めてリスキーだ。期待というものは強く抱けば抱いてしまう程に、推しのアイドルが何処の馬の骨なのか分からないミズ・ホースボーンと結婚したという報告をメディア越しに喰らった時に、号泣しながら『愛を激烈注入した地獄の業火』というマッチの火なりガスコンロの炎なり手持ち花火から噴射させるファイアーレインなりで、大きくバツ印を描いた推しの写真をじっくり時間を掛けて跡形も無く焼き殺しても、動画機器と音楽機器の記録を全消去して、かつ機器も破壊して無機物とデータを冥土に丸ごと送り込んで推しと己を繋いでいた全てを皆殺しにしてやっても心が癒されない、絶望という暫く経てば新しい推しを見付けて急浮上出来るが直ぐには浮上出来ない、深くて冷たい沼に沈み込んでしまうモノ。心底にそう思って彼女は今まで生きていた。
 彼女はオタクの聖母だが、オタクの聖母は愛が尽きると推しに対して容赦が無い鬼母になる。麓の一角に辿り着いた途端に、頭の中で巡らせていたドルオタ思考が一気に吹き飛んだ。両手で口を押さえる。眼球が飛び出しそうな程にコノハは目を大きく見開いた。

 眼前に広がっていた光景は、愛という情は微塵も注入されていない”地獄”だった。
 松の木に囲まれた空間に、様々な色の肌を持つ4人の人間の惨殺死体が転がっていた。全員が四肢を首ごと斬り落とされている。最も奥側に居る松の木に胴が立て掛けられている男のバラバラ死体の側に通信機が落ちていた。機械だけが大音量で電子のメロディを歌いながら、生き物のように赤黒い血の小池に浸かって、ブルブル水面を揺らして泳いでいた。
 死の水溜まりから血が飛び跳ねる”ペチャペチャ”という生々しい音が加えられた電子音楽は、場違いの極みである明るいポップミュージックのサビ部分を延々と奏でていた。アイドルが歌っているモノはヒット曲から収益大爆死”世間的ゴミカス”曲まで全部を気が狂う程に超絶大好きだが、今聴こえてきているティーンエイジャー達の心と寝室の壁と財布の中身を支配した某国のシンガーソングライターが歌う大ヒット曲に関しては、今日から最低3年は耳で聞いた途端に、胃袋がひっくり返って中身が口に向かって逆流してくる強力な嘔吐起爆剤になるだろう。
 爽やかで明るいBGMと青春時代特有の苦くて甘酸っぱい純粋な恋をテーマにした歌詞を歌う電子の声に”ペチャペチャ”が加わった、コノハ専用嘔吐起爆剤音楽が止まる。黒い動物の革のような物体が張り付いた通話専用の機械から目を逸らすと、コノハは違うモノを見て小さな悲鳴を上げた。
 口から漏れた声は、普通の悲鳴だった。コノハは「NO」とも言えない強いショックを受けて身動ぎ出来なくなる。
 広場の中央に、独特の形の槍が刃を下にして突き刺さっていた。湾曲した刃から長い柄まで肉片と内臓と脳髄と大量の血に塗れている其の人間の武器は、まるで巨大な人喰い鬼が残した食事用ナイフのようだった。

ここから先は

2,210字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!