Bounty Dog 【清稜風月】119-120

119

 槭樹・イヌナキは『神経質で面倒臭い民族』だと外の世界の人間達の間で評判にされている櫻國人達の中でも、特に神経質で考えが極端になりがちな人間だった。指導者争いをしている彼の姪である帝族宗家の姫君、甘夏・カンバヤシと戦(いくさ)をすると港の広場で告げてきたが、相手が冗談を言うような人間では無いと睦月・スミヨシは重々理解していた。
 甘夏とは25日前にヒュウラを介して知り合い、今では公務中の護衛を任されるまでに信頼されている仲になっていた。しかし身分が違い過ぎる故に特別な感情を、睦月は”姫”としてしか相手には持っていない。槭樹に対しても口では言わなかったが”当主”として重々に認知していた。
 帝族は甘夏も槭樹も、彼女や彼の先祖も皆、西洋化時代が終わって再鎖国時代になった頃から民と同じ身分になっていると民達に幾千回も訴えていた。だが櫻國の民ーー現地の人間達は、帝族はやはり特別な存在であり此の国では頂点の身分を持つ人間達だと、誰もが当たり前のように認識していた。
 西洋の文化で例えると、相手は大勢の人間が生きている『国』を統治して発展と保護に関わっている王族、己は国の中で己と身の周りの事だけに関わって生きているだけの凡人である。存在の重さにも差があり過ぎて、相手を”さん付け”で呼ぶ事しか2人の帝族の期待に答える事が出来なかった。

 睦月は山の家の食卓で日雨が用意してくれていた鮭入り握り飯とキノコの味噌汁と沢庵の昼食(ひるげ)を食べながら、思考に耽ていた。ヒュウラは塩無し握り飯と素焼きキノコの特別昼食を食べ終えて、網に包まれたまま畳の上でゴロゴロ転がって遊んでいる。日雨もヒュウラの真横で寝転がっていて、一緒にゴロゴロ転がってキャーキャー楽しそうに遊んでいた。
 呑気極まり無い自由な亜人達を放置して、睦月は食事に手を余り伸ばさずに至極真面目に、対策をせねば近い将来に己の国を襲う内外からの脅威と、脅威に襲われた後の己の国の未来について考えていた。
(槭樹さんがKを探していたという事は、僕が思っていた以上にKは危険人物なのだろう。加えてSという人間。童(わらし)だと入出国審査所の人達が言っていた。子供に見えるくらい齢が相当若いらしいけど……。
 甘夏さんはKやSの事、槭樹さんとの戦の事を全て存じているのだろうか?彼女に聞いてみ……ああ、無理だ。帝の姫君と唯の猟師の僕は、知り合いになれているだけでも奇跡なんだ。国の舵取りに関わる事にシャシャリ出て姫に気安く尋ねるなんて、愚行でしかーー)
 睦月は思考を途中で止めた。伏せていた顔を上げると、上半身を起こして己の前に置かれている食べ掛けの鮭握りと冷めたキノコ味噌汁を凝視している2種の亜人の姿を見る。
「むっちゃん……。ご飯、美味しくない?」
 昼食を作った日雨が悲しそうな顔をして、尋ねてきた。睦月は首を横に振って短い言葉で否定すると、掻き込むように昼食を全て食べて胃に収めた。
 慌てて完食したので、喉が苦しくなって胃痛もしてくる。湯呑みに入っていた緑茶も一気飲みして胃に収めた。日雨は表情を変える事なく、睦月の様子を終始不安そうに眺めている。
 ヒュウラは赤い網目の跡が、顔と靴を脱いでいる足と服から露出している全身の肌に付いていた。焼き網の上で転がされて軽く燻されたような見た目になっている網入り狼は、感情が全く顔に出ていない無表情で睦月に向かって口だけ動かして言った。
「捕まえるのか?」
「何をだよ?忍者ごっこはもうするな。というか、もう絶対にさせないから」
 睦月は苦笑しながら、胃を片手で抑えて狼の戯言に律儀に答えた。袖の中に入れていた、ヒュウラから貰った”神輿見せ依頼料”の100エード銀貨1枚が袖から飛び出て畳の上に転がる。睦月はヒュウラの目の前で100エードを拾って袖の中に戻すと、槭樹のように風の流れで曲者の気配は読めないが”空気”を読んで、亜人達に話し掛けた。
「日雨、ヒュウラ。櫻國……この島に住んでいる人間達がね、覇権者争いで大勢が近い内に殺し合いをするかも知れない。KとSがそう仕向けているんだよ。そんな事になったら櫻國は小さな国だ、内戦だけで多くの生き物を巻き込んで滅んでしまう。麗音蜻蛉の密猟以上に深刻な事態になっている。槭樹さんが甘夏さんと戦をしてしまう前に、KとSを早急に御用しなきゃ」
 ゴヨウとは何だ?と言いたげな狼の無に等しい顔を見て、睦月は”空気読み”をして逮捕する事、捕獲する事だと教えてやった。首を傾げただけの狼と不安そうな虫を順番に一瞥してから、睦月は唐突に目を丸くする。傾けた首の角度を90度近くまで下げたヒュウラの顔を凝視すると、胃に右手を当てたまま、独り言のように大声で言った。
「そうだなヒュウラ!また御手柄だ、御用するぞ!!君の助けが必要だ!忍者ごっこはさせないけど、君が居てくれる後4日の内に捕まえよう!KとSを!!」

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