Bounty Dog 【14Days】 41-42

41

『了解しました、部隊全員に伝えます。リーダー、”彼”は問題無いですか?』
「ハッキリ言ってしまうと、ヒュウラは問題だらけだ。でも無事なのは確かだな。相変わらず連絡を一切してこないが、コレも任務が終わったら特訓して身に付けさせる」
 通行禁止の紐を潜り、アスファルトの道路を歩いて行くデルタ・コルクラートは、道が途切れた先に広がっている自然の風景を眺める。背の低い草花が絨毯のように広がる原っぱに覆われた、なだらかな丘と丘の間は絶壁の崖が大地の溝のように開いており、丘の所々に生える小さな森の中から、小鳥の群れが鳴きながら空に向かって飛び上がる。
 右手に持った通信機の画面に目を落とす。連動している超希少種の亜人に付いた首輪が計測したデータが、液晶上に数字と折れ線で示されている。体温、正常。血圧、正常。心拍数が少し上昇している。ーー直近で何か運動をしたな。崖でもまた飛んだのか。保護ターゲットを雑に扱って無ければ良いが。
 ……それと……。ーー
 首輪に付いた小型カメラを起動してみるが、真っ暗で何も分からない。発信機の追跡を止めてデルタは機械の側面に付いた通話ボタンを押し、部下の新人保護官を呼び出す。ミト・ラグナルが直ぐに応答すると、デルタは指示をした。
「ラグナル保護官。部隊を連れて移動して、現場に到着したら私に連絡してくれ。ヒュウラが対応しているターゲットからの依頼で、気になる事がある。恐らくーー」

 ステンレス製の換気口をズラし開けて、白髪の青年が床に開いた四角い穴から出てくる。上半身を乗り上げた状態で左右に目を配らせていると、下から尻を持ち上げられて、強引に全身を外に出される。
 巨大な斧の柄が穴から突き出て、換気口を薙ぎ払い伸びてくるが、刃が完全に引っ掛かる。伸びていた柄が再び引っ込んで穴の中から鈍い金属音が響くと、茶色い手袋を付けた腕が穴の縁を掴み、ヒュウラが身を持ち上げて出てきた。
 仏頂面をして穴を覗く茶髪の青年に、白髪の青年は若干の違和感を覚える。背負っていた斧が消えているヒュウラは、先を急ごうとする青年の襟首を掴んで強引に静止させると、
 顔を伏せて穴を見たまま、片足を振り上げて床を強打した。
 轟音が響いて、分厚いコンクリートの床が崩れる。巨大に開いた穴の中から斧を引っ張り出して背負うと、ヒュウラは無表情のまま穴に背を向けて歩き出した。
 青年は、冷や汗を掻いて視線をあちこちに這わせながら後に付いていく。
「いや、やっぱりあんた怖えわ。その足はマジで凶悪だわ」

 青白い蛍光灯の光が注ぐ薄暗い通路を進み、角を曲がって直ぐの壁に付いた木製の扉を、白髪の青年は音を立てないように開けた。息を潜めてその場で身を伏せると、部屋の中を隈なく見渡す。
 暗がりに覆われた8畳程の空間の中央に置かれたスチールの机の上に、開いたままのノートパソコンが1台、液晶画面から眩い光を放っている。四方の壁を覆う大きな機械からも所々から光が漏れており、縦横に並んだ小さなテレビのような機械の画面には、作業服を着た小人のような人間達が、色の無いモノクロの世界で急か急か動いていた。
 ーーどうやら、此処は箱の中を監視する所なのかな?ーー青年は立ち上がって部屋の中程まで歩いていくと、ノートパソコンの画面を一瞥してから壁に並んで張り付いている監視カメラの映像達を眺める。カメラは防犯目的ではなく作業の不正を監視する目的で建物内に設置されているようで、先程ヒュウラが壊した通路の画面は見当たらなかった。
 入り口にもカメラが付いているようで、上部が凹んだ段ボールの束の横で、人間が荷物を片付けている。ーーきっと動きが早過ぎて見えなかったんだろうけど、そもそも誰も居ないのに意味あるのかな?コレ。ーーと心の中で人間にツッコミをしてから、真顔になった亜人の青年は、画面から目を逸らさずにヒュウラに話し掛けた。
「多分此処から、もっともっと上の先。そこに、おれの仲間は捕まってる。きっと暗い場所に居て、辛くて泣いてる。早く助けてやってくれ。あんた怖えし色々凄えから、人間に見付かっても」
 青年は首根っこを掴まれる。

 無数の足音が響き、人間の男が2人、部屋に駆け込んでくる。軍手に覆われた太い指が部屋の照明を付けると、青い作業服を着ている背の高い男が机上のノートパソコンのキーボードを叩き出した。
 歩み寄ってきた、同じ服を着ている別の男と会話を始める。
「何で突然、床が爆発したんだろう?不思議だ」
「不思議だ。一応他にも異常がないか、調べた方が良いな。放送マイクの電源を付けてくれ。あーあーあー、全階フロアの作業員にお知らせします。先程2階の通路に大穴が開くという事故が起きました。怪我人は居ませんが、建物の劣化が疑われますので、作業の際は床を歩く時に十分に注意してーー」
 茶色い手袋を付けた手に口を塞がれた亜人の青年は、机の下の隙間から人間達の足元を眺めている。背後で座っているヒュウラは青年を拘束したまま振り返ると、金と赤色の独特の目が、画面に光の線で描かれている見取り図を凝視した。
 何かの工場らしき建物の高さは1階から4階、幅はAからGまでの7フロア各階ずつ横並びで仕切られている。現在居る場所は2階のフロア外となる監視室の小部屋。通路を挟んで向かいにDフロアがあり、大部屋を挟んだ反対側の通路に、上階に登る階段があるようだ。
 コの文字を横向きにしたような形の大型の机から、斜めに傾けられた巨斧の柄がはみ出ている。が、全く気付かない2人の人間達が雑談をしながら照明を消して部屋を去っていくと、再び暗闇と電子の光に包まれた空間で、暫くしてから青年が机から這い出てきた。
 短い鼻息を立てて、冷や汗を腕で拭う仕草をする。
「間一髪!じゃあ早速、隣を通って上に行こう。人間達が騒がしくなっちゃってるから、慎重に進もう」
 机から出てきたヒュウラは返事をしない。顔を上げて建物の見取り図を再び確認すると、青年の腕を掴んで扉を開けた。

 穴の方へ集まって行く人間達の群を見送ってから、2種の亜人は通路を素早く横切り、鉄の扉を音を立てずに開けて部屋の中に入る。2階・Dフロアは広い空間で、樹脂でコーティングされたコンクリート床の上に長い机と椅子と特大のランドリーバスケットが並んで置かれている。高い天井のやや下に入り口と同じような鉄骨が張り巡らされているが、厚いアルミの網がその上に被さっている。机上には電動ミシンと積み上がった鞄の小山が規則正しく並んでおり、縫い糸や裁縫道具が散乱している事からも、人間の服飾品を作っている作業場であると推測できた。
 人間は誰も居ない。青年は机の一角に歩み寄ると、鞄を1つ持ち上げる。目で見て臭いを嗅いで小さく被りを振ると、扉の前で腕を組んで立っているヒュウラに話し掛けてきた。
「ん、これはきっと草を編んだ奴。此処には絶対、仲間は居ない」
「お前の仲間」
 ヒュウラは無表情で口だけを動かす。青年の反応を待たないまま、感情を含まずに続けて言葉を放った。
「生きて無い」
 暫しの間空間を包み込んだ静寂は、鞄の底に付いた金具が机にぶつかる小さな音が響いて破れる。乾いた笑い声を上げた青年はヒュウラの顔を眺めると、僅かに釣り上がっている金と赤の目をまじまじと見た。
「気付いてたか。そうだよ、おれ以外は全員人間に狩られたよ。大分前に」
 青年は踵を返す。足首に付いた2本の吊り革を引き摺りながら歩き出し、奥に進んで扉のハンドルを掴むと、
 微笑みながら振り返り、手招きして呼び寄せてきた。
「多分やっぱりもっと上。革がある筈なんだ、仲間の皮。噂じゃ狩るのはもう辞めたらしいけど、素材にしたやつを人間は大事がって捨てたりしねえから」

42

 3階も通路は無人だった。余程に2階の大穴が目立つのか、建物内の人間達の殆どを寄せ集めているらしい。絹鼬族の青年は用心深く首を振って目を仕切りに動かしながら、臭いも嗅ぎつつ慎重に、物陰から物陰へ移動していく。
 青年の足首から垂れる吊り革が、床に引き摺られる。ヒュウラは仏頂面で身を伏せながら後を付いていく。角に差し掛かり、3階のDフロアから数メートルの距離で非常用の消火器が中に置かれている赤い箱の陰に隠れると、青年は眉をハの字にして、用心深く周囲に目を配らせた。
「下と同じような所ばかりで変な感じ。此処にも多分、革は無い。あの先の所をまた通って、もっと上に行こう。ゆっくりと見つからないように」
 ヒュウラは天井を見上げる。首の角度を固定したまま消火器から立ち上がり、青年を置き去りにしてDフロアの扉の前まで歩いていくと、
 足で扉を強打して蹴り壊した。
「えー!?何してるの、いきなり!?」
 突然された2度目の破壊に、青年は驚愕してツッコミを入れる。凶悪な脚力の餌食になった扉は吹き飛ぶ事も出来ずに、足が当たった場所に大穴を開けて砕け散ると、ヒュウラはアーチの門のような形になるまで足で穴を広げて中に入っていった。青年は慌てて付いて行く。
 2階と全く同じ構造で鉄骨と金網も同じように張られた部屋に、全く同じような机と裁縫道具が並んでいる。材料は階下と異なり動物の革に変化していたが、毛は一切付いておらず、表面が滑らかで大型の爬虫類のものだろうと推測出来る。
 ヒュウラは天を仰いだまま部屋を横切っていく。途中で机に身体がぶつかると、足を振り上げて踏み壊した。
 破壊しては強引に進んでいく亜人の背中越しに、白髪の亜人が叫んだ。
「だからー!何をしてるの!?こんな目立つ事していたら、人間が」
 壁に付いた警報がけたたましく鳴り響く。穴が開いた扉の外から、大勢の足音と声が聞こえてきた。
 青年は泣き顔で呻き声を漏らす。
「ほら、ほらほらほら、こうなる。見つかった」
「何だ何だ?何だお前達?!」
「人間?いや違う、亜人!?」
 怒涛の勢いで駆け込んできた老若男女の人間達が、照明を付けて2種の亜人に視線を注ぐ。顔を伏せたヒュウラが無表情のまま振り向くと、猟銃を掴んだ男が声を張り上げた。
「床に穴開けたの、こいつらだ!退治しろー!!」

「やはり一向に連絡無し。ヒュウラ、良い加減にしろよ」
 デルタ・コルクラートは、刺々しく独り言を呟いた。トラックが縦列駐車している道路の先にある、工場の入り口手前に生えた木の陰に伏せながら、建物の中の様子を伺っている。
 コードが数本切られて太いものだけで支えられている大型のシーリングファンが、鉄骨の直ぐ下でゆらゆら揺れている。羽の1本に電車の吊り革が嵌め込まれており同じように揺れているが、デルタはそれらを一瞥ずつしただけで、直ぐに手に持った通信機に目を落とした。受信機械に発信機を付けている亜人から一切報告が行われない。
 目を強く寄せたので、眼鏡が鼻から下がる。指で銀色の縁を摘んで位置を調節すると、通信機が手の中で激しく振動した。
 側面の応答ボタンを押して、耳に通信機を当てる。聴き慣れた部下の少女の声が機械の奥から自身の名を告げると、用件を手短に伝えてきた。
『リーダー、こちらラグナルです。3班部隊、現場に到着しました』
「了解。ラグナル保護官、後はベテランの保護官に部隊を任せて、君は私の所に来てくれ。入り口から近い木の側にいる」

 暫くしてミト・ラグナルが現れると、彼女はデルタに肩を並べて伏せる。大きなドラム型の弾倉(マガジン)が付いたサブマシンガンが繋がった紐を肩に掛けており、銃は背中に引っ付くように回り込んでいる。
 青いバンダナの上にパイロット用のゴーグルを付けた頭が、入り口を隈なく見ようと忙しなく動く。デルタは部下の新人保護官を観察しながら通信機を再び確認すると、青い格子上の線が張り巡らされた画面の上に光る赤い点が、黄緑色に塗られた長方形の箱の中で動いていた。
 赤い点を人差し指で数回叩いてから、デルタはミトに話掛けた。
「確実にあの建物の中に居る。ターゲットも一緒だ」
「ヒュウラから連絡は?」
「無いから、もうタイムアウトだ。今から突入して捕まえて、我々がターゲットの形見取りを引き継ぐ」
 デルタとミトは同じタイミングで入り口に視線を向ける。猟銃や拳銃を手に持った作業服姿の人間達が怒号を発しながら走り回っており、棚に立て掛けられた段ボールが倒されては踏み潰されていく。
 眉をハの字にしながら上司の顔を覗き込んだミトは、顔を伏せて通信機を見るデルタに助けを請うように話し掛けた。
「中が慌ただしいです、リーダー。嫌な予感しかしないです」
「全く問題無い。馬鹿犬の想定内行動だ」
 デルタは顔を上げずに吐き捨てるように呟いてから、通信機を片手で操作した。首輪を付けている亜人の身体測定値が、数字と折れ線になって表示される。ーー全ての値が正常。あいつの身も全く問題無い。……が。ーー
 デルタは顔を上げると、再び入り口の様子を確認する。仕切りに動き回っていた作業服の人間達は、徐々に奥へと消えていく。暫くその場で静止していると、荷受け場を担っている建物の出入り口は無人になり、背の高い棚と棚の間の通路に潰れた段ボールの束だけが残されていた。
 揺れる千切れかけのシーリングファンの羽に嵌った逆さまの吊り革が、ズレていって外れ落ちる。視界に飛び込んできた列車の一部を見たデルタは、それをファンに嵌め込んだだろう亜人の青年と交わした会話を思い出した。
 横並びになって道路を歩いていた時に、唐突尋ねられた。
(何処でも分かるのか?)
(うちの組織が使う生体発信機は高性能だ。例え水の中にいようと、砂に覆われようとも、地中に潜ろうともこの探知機で発信元の居場所を特定出来る)
 思考から醒めたデルタは、ミトを見る。不安そうに目を潤ませている新人保護官の少女は上司の落ち着き払った瞳を覗き込んで安堵の表情を浮かべると、背中に張り付いていたサブマシンガンを前面まで動かして両手で構え持ち、指示を仰いだ。
「如何しましょう?リーダー」
 デルタは返事をした。
「情報部にヒュウラの首輪の位置情報から移動経路を逆算して貰い、侵入ルートを把握する。少々アクロバット能力が必要そうだが、部隊全員で追跡してあいつらを保護する」
 デルタは素早く通信機で電話を始めると、通話を終えてそれ程待たない内に、ミトとデルタ両方の通信機に情報が送られてくる。黄緑色の箱の中を赤い点が動く様子を眺めてから2人はシーリングファンの上を見つめると、天井に空いた四角形の穴を凝視する。
 ミトの眉がまたハの字になった。
「リーダー。いきなりで大変申し訳ありませんが、私にコレは出来ません」
「ああ、私も絶対無理だ。入り口から2階までは普通に侵入するぞ」