Bounty Dog 【清稜風月】87-88

87

 “回る”仕組みがこの城に備わっている事は、城の主である槭樹は当然知っていた。イヌナキ一族も皆知っているが、此れ迄に今は町から数十里も離れた土地の邸に住んでいる己の老いた両親も、寿命を全うして冥土に旅立っている祖父母も曽祖父母も一度として使った事は無かった。
 だが槭樹自身は、試運転で数度”回した”事があった。しかし凪と結婚して凪が柳を孕んだ時期に、己の大事な家族がカラクリに巻き込まれて”回って”怪我をしてしまう危険を感じて、それ以降は一度も運転させていなかった。
 皮肉にも、今はこの緊急事態でも己の大事な家族を守る必要は無かった。半年前に守る事が出来ずに火と爆発で酷く損壊した哀れな骸を残して魂が冥土に旅立ってしまった、愛する3人の家族が焼かれて骨になり埋まって眠っている長方形の磨いた石を組み合わせて作られた和式の墓も、城の本丸にある中庭の一角に建てられていた。
 毎日欠かさず墓の前に置かれた器に立てられて燃えている線香の煙が、風に乗って槭樹の身に纏わり付いてくる。死者の香りが身に染み付いた男鰥(おとこやもめ)のイヌナキ城の主は、部下が再び報告にやって来る前にカラクリを”回す”覚悟を決めていた。

 部下が”曲者達”の奇襲について状況を伝えにやって来たと同時に、槭樹は部下に命令した。今も異(こと)の気配を風と空気の流れで3つ感じる。内の1つは、あの忌々しい”火の厄災”を彷彿とさせる程の悍ましい気配を漂わせていた。
「錆取りと磨きの手入れは定期的に今もしとる。直ぐに動かせる、二ノ丸を”回せ”」
 黒い和式の作業衣を着たイヌナキ家の世話係兼護衛役の1人である櫻國人の男は、指示を聴いて目を丸くした。抗議も尋ねもする前に、彼の当主に鋭く強い眼力が宿った茶眼で睨み付けられて無言の圧力を掛けられてから、当主は更に己達部下に対して命令を下した。
「天守に隠されてしもうとるだろう、屍人(しびと)達を探し出して丁重に弔え。敵は命を粗末に扱う外道だ。見付け次第、矢で撃ち刃で斬り捨てよ」

ここから先は

1,487字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!