Bounty Dog 【清稜風月】81

81

 ーー姫の弓(きゅう)の師範は、凪(なぎさ)だった。家内の凪・イヌナキとは少々齢が離れた見合い結婚であったが、帝の族に相応しい、品と肝を十二分持った女子(おなご)だった。
 三十七になったばかりの齢だった凪と、姫と齢が近く「弟のような存在」だとあの者は申された十五の長男・柳(やなぎ)。次男・紡(つむぎ)は柳と歳が離れていて十(とう)に満たぬ齢だったが、兄と”姉”に随分と懐いておった童(わらし)だった。
 家内と倅(せがれ)らが未だ生きておった頃まで、イヌナキの一族は従順な志で宗家のカンバヤシ一族に支(つか)えておった。甘夏姫と陛下夫妻が抱いておられた”櫻國の古(いにしえ)を保護する事が何よりも重要”という思想に、歯向かう気も微塵に起きておらんかった。
 此の城……我が先祖が代々守っておる此の国唯一の大なる文化財に住み続けておるのは、家族が此の世から居なくなった事を某が未だ受け入れられておらぬ故であろう。城を捨て去る気は依然起きておらぬが、いずれは捨て去らねばならぬ事も承知しておる。其れ程に覚悟が必要なのだ。西洋の、外の世界の脅威に呑まれぬ櫻國となる『第二の文明開花』を叶えるには。
 家内は、凪は某を揶揄う事を生きがいにしておったような女子であった。悩みがあるとぼやく度にケラケラ笑うてきながら、のんびりと何時も某にこう言うてきおった。ーー
「当主。煎餅でも召し上がって、気を落ち着けなされば如何で?」
 ーー煎餅でも召し上がって、気を落ち着けなされば如何で……。ーー

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