Bounty Dog 【アグダード戦争】175-177

175

 第3棟に居るヒシャームは、頭の中で”坊ちゃん”達との思い出に浸りながら、身体は優雅な足取りで、右腕だけを頻繁に動かしていた。掴んでいる指揮棒を模した特殊武器に付いている機能の1つで、毒ガス装置をガス噴射前に遠隔から壊す。慣れたように毒矢とレーザー光線を弾き続けながら小部屋に入ると、中の壁に貼っていた紙を1枚剥がし取り、丁寧に折ってから、床に空いている小さな穴の中に放り入れた。
 次に、奥に備え付けられている秘密組織映画か紙芝居御伽噺動画に出てきそうな、白銀の大きな機械を操作する。此方も慣れたように数秒足らずでタイピングとボタン押しを完了させると、屋敷全棟にけたたましいアラーム音が響き、赤い警報ランプが激しく点滅した。
 独り言のように、ヒシャームは武器の細長くなっている先端部分を左手の指で弄りながら呟く。
「スープまではお出し致しました。皆様、先にお出ししました口直し(ソルベ)の休憩時間は此処までです。魚料理(ポワソン)からは、ラドクリフ家が元々備えておりました防犯システムを使用させて頂きます。
 ”デブ”が設置したお粗末な罠は、大変味がお悪かったと存じます。申し訳御座いませんでした。しかし此処からは、美味をお約束致します。
 コーヒーと小菓子(カフェ・ブティフール)まで味わう前にお亡くなりにならぬよう、御注意下さいませ」
 呟き終わると、ヒシャームは最後に1番大きなボタンを押した。警報音とランプが即座に消えてから、機械で作った人間の女性の声が、無感情で屋敷全棟と地下全体に付いた全てのスピーカーから言葉を発した。
『インラハン・ハアラトン・トウリハ(緊急事態です)。全職員、パシャ(閣下)の安全を最優先にして、速やかに脱出下さい。パシャの護衛係は、速やかに任務を実行下さい。
 このシステムはパシャ以外の安全を一切保証しません。パシャ以外は侵入者と見做し、本システムで徹底的に排除します。繰り返します。インラハン・ハアラトン・トウリハ。全職員ーー』

 ヒシャームは知っていた。機械はラドクリフ一家以外は除外対象にしないと言っているが、己を勿論含めた護衛係と召使い達、農夫や取引先の人々も除外対象に組み込まれている。優しかった閣下一家によって。
 加えて、システムは15年前から除外対象のデータを更新していなかった。ヒシャームは老けているが大きく姿が変わっていないので除外対象として機械に認識して貰える。だが、24歳になっている現ラドクリフ閣下は、子供だった9歳の頃の姿がシステムに登録されており、父親に似ているが余りにも成長し過ぎていて、更に今の格好が賊にしか見えない為にシステムが除外対象だと認識出来ない、皮肉な状態となっていた。

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