Bounty Dog【Science.Not,Magic】58

58

 其の魔法使いは、他の存在から魔法使いだと認識されておらず、己自身も己が魔法を使ったと知らなかった。鼠が使いこなす『原子』を利用した魔法を一度見ただけで覚え、最大限に強化させて難なく再現した強靭的な才能を持つ存在は、彼の肉体と頭の中から消え去っている。
 ヒュウラは目覚めていた。見張り台からコンテナの上を走り渡り、今は船の居住部の最上階に居る。物陰に隠れて通路の様子を繁々と観察していた。虹彩が金、瞳孔が赤い独特の目に写っている人間の1人に見覚えがあるが、良く知る人間では無いと心中、密かに判断する。
 己を目覚めさせた存在も黙っていた。ヒュウラは身を伏せた状態で背側に頭部を回す。手摺を隔ててミトの姿が見えた。何かの生き物を弄っているようだが、弄られている存在の姿は見えない。
 ヒュウラは仏頂面で体の向きを戻した。眼前に面影はあるが記憶している存在とは確実に違う人間が扉を見ながら伏せている。相手が立ち上がった。ゆっくりと後退してから、背後の手摺りを掴んで、獣のように階下に飛び降りて行った。
 仏頂面で観察していたヒュウラが、仏頂面のまま首を縦に振ると、彼を起こした存在が首輪から声を掛けてきた。
 自由に動けと言う割に、本当に自由に動くと呆れて溜息を吐く癖がある其の人間は、銀縁眼鏡を何時も目に掛けている、青髪青目の白人である。ヒュウラが”主人”と思っている人間の姉である、シルフィという名の人間が吐いた溜息の音が首輪から聞こえると、シルフィがヒュウラに指示をしてきた。
『ヒュウラ、虎人(フーレン)を探して頂戴。船が陸に着く前に、ターゲットを捕獲したい』
「御意」
 ヒュウラは口癖で応えた。シルフィが指示を続ける。
『人間達の動きを良く見なさい。怪しい場所があったら積極的に調べて。ミトは放置で良いわ、カイ達も』
「御意」
『良い子ね、トゥトゥ(ワンちゃん)。貴方には私が付いてる』
 ヒュウラはシルフィに返事も反応もしなかった。目だけが動く。下の階に飛び降りた人間は無視して、人間が見ていた先にある部屋に群れている、他の人間達を観察する。
 灰色のマリンキャップを被った人間達が、部屋をひっきりなしに出入りしている。部屋の中から喧嘩をしているような声が聞こえてから、1人が群れから抜け出てきた。別の部屋に移動していく。
 ヒュウラは物陰に隠れながら人間の後を付けた。足取りが非常に重い。シルフィのように溜息を何度も吐きながら、猫背になって歩いていく背の低い人間の男を忍足で追い掛けて行くと、人間の男は通路の隅にある小さな鉄扉を開けて、中に入って行った。

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