Bounty Dog 【清稜風月】44-45

44

「あの真ん中にある大きな建物の奥側は”本丸”。手前にある部分は、見張り用の区域で”天守”。本丸と天守の横にある建物は”二ノ丸”って言って、堀を挟んで建物全体を覆っている外壁、”曲輪”の直ぐ側にも建物が別で1軒ある。アレだよ、”三ノ丸”」
 睦月は袋を右手に掴んでいる状態で、左手で掴んでいるリードの先にいる隣に立たせた狼の亜人に、目の前で広がるように建っている巨大な建物について説明していた。町を探索しながら奥側に辿り着いた1人と1体は、外国から来た観光客達が幾つも群れを作って見上げている建物を同じように見上げていた。
 ヒュウラは産まれて初めて見る不思議な形をした人間の『箱』に好奇心が刺激される。睦月は櫻國語と世界共通語で『私的客人以外侵入禁止』と書いている木製の看板と、看板付近と表の出入り口である”虎口(こぐち)”の両端に立っている黒い和式の作業衣を着た見張りの人間達を順に一瞥してから、ヒュウラに向かって説明を続けた。
「あの城は『イヌナキ城』って此の国の人間達に呼ばれている、槭樹さんの家だよ。元々は遥か過去に居た”武将”っていう権力者の一族が住んでいた櫻國の城なんだけど、今はこの国に城はアレしか残っていない。
 西洋化時代の終焉にあった内戦時に、西洋化推進派軍の人間達が島中にあった城達を『例え文化品であろうが誰も住んでいない古臭い空き家を維持する意味なぞ無い』って理由で片っ端から壊しちゃったんだ。これもエゴで凄く理不尽でしょ?」
 ヒュウラは金と赤の目で城を凝視したまま、微塵も動かない。睦月は気にせず、言葉を続けた。
「あの城は唯一残っている、この国の大きな文化品。残っているのは槭樹さんのご先祖が『住めば空き家じゃ無い』って民達に宣言して、何百年もずっと家として使ってるからだよ。
 イヌナキの一族も宗家の帝(みかど)家、現在はカンバヤシの氏(うじ)になっている甘夏さんの一族と同じ古(いにしえ)の保守派だったそうだ。でも現当主の槭樹さんが色々考えて、今は真逆の再西洋化を……って、僕がさっきから申している事は全然分からないよね?堪忍してくれ、ヒュウラ」
「ホンマル、テンシュ、クルワ、ニノマル、サンノマル」
 ヒュウラが右腕を上げて、睦月が説明した城の各場所を指差しながら仏頂面で言った。説明をキチンと聞いていたらしい狼の亜人の反応に対して特に何も感じなかった睦月は、右手に掴んでいる白い袋を持ち上げて暫く眺めてから、城に再び視線を向けた。
 ぼんやりと、心の中で呟く。
(槭樹さん、甘夏さんの邸(やしき)から帰ってきてるかな?此処に用は無いから、もう離れよう。観光みたいになっちゃってるし)
 睦月はリードを一切引っ張らずに、ヒュウラに言葉で移動すると伝える。相手に了承を得てから、共に城から離れていった。
 離れていく際に、ヒュウラは一度振り返ってイヌナキ城を隅々まで眺める。東の島国にあった巨大な『箱』は、住んでいるあの男と同じような強い威圧感を纏っていた。

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