Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 27

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 軍隊にも兵器にも全く興味が無かった7歳の頃のナスィル・カスタバラクは、ジャック・ハロウズが大好きな、顔と声が異常に綺麗なだけの普通の少年だった。だが思い込みが激しい性格は子供の頃からの悪癖であり、親と親友に教えられた『エゴイストは悪』だという思い込みを、この後に起こる悲劇を引き金(トリガー)にして、急激に歪んだ形で増幅させていった。
 『エゴイストは悪』から、後の彼が歩く生涯の道が大きくズレてしまう『エゴイストは全員殺すべき存在』に擦り変わってしまったのは一瞬だった。
 そのキッカケになる出来事は、予想していなかった時に突然起きたが、起きる前兆が直前にあった。

 2人が公園の隅で遊んでいると、同じ公園で遊んでいた大勢の子供達がワラワラ寄ってきた。孤児院出身のジャックは喜んで子供達を遊びに誘い、ナスィルもジャックが喜んで誘っていたので、拒絶を一切せずに他の子供達を受け入れた。
 2人が持ってきていた道具は擬似戦争ボードゲーム一式と通信機、そしてタラルから貰った手錠だけだったが、一緒に遊んだ子供達が沢山の玩具を持ってきていた。大抵の玩具は親に強請れば買って貰えていたナスィルだが、買って貰えるのは1人用の玩具ばかりで、沢山の子供達でする遊びはやり方が全く分からなかった。
 町の子供達も、大人と同じように紙袋を被ったナスィルに、キラキラした純粋な目を向けて大いに興味を持った。子供の1人がふざけてナスィルが被った紙袋を取った時に、ジャック以外の子供達が窒息してバタバタ倒れた。
 『生きた窒息兵器』になってしまっているナスィルはまた悲しい想いをしたが、ジャックは直ぐにメホル・アミーゴ(親友)を慰めた。
「ナシュー、ノ・テ・プレオクぺス(心配不要)。早く魔法使いさんに呪いを解いて貰おうね」
 大好きなジャックに祖国の独自語で言われて、ナスィルは紙袋を取ったまま満面の笑顔を彼に向けた。その顔を見た他の子供達が、黄色い声を上げてまたバタバタ倒れた。
 ジャックはベンチの上で他の子供達とも擬似戦争ボードゲームで遊んでいたが、どんな子供達との闘いも全勝した。ボードゲームの『無敵王』ジャック・ハロウズは、ボロ負けして悔し泣きをしている女の子を慰めながら横目でナスィルを見ると、紙袋を被っているが沢山の子供達と楽しそうにボール遊びをしている彼の姿を見付けて、満足したように微笑みながら彼を目線で保護した。
 極々普通の、キャッキャと楽しそうに笑いながら遊んでいる幸せな時間を、ナスィル・カスタバラクもこの時は過ごしていた。ジャックがナスィルと出会った時は氷のように凄く冷たい子だと思ってしまっていたが、ナスィルも顔が異次元レベルで綺麗過ぎる事以外は、思い込みが激しくて世間知らずなだけの、極々普通の感性を持っている子供だった。
 ジャックは己が余りにも強過ぎる擬似戦争ボードゲームを片付けながら、己の事をテ・アモ(愛してる)と言ってきたメホル・アミーゴを幸せに出来て、心の底から嬉しかった。
 同時に少し迷いが生じた。予定ではこのままナスィルの家にコッソリ帰って、義父母に適当な事を言って何事も無かったかのように過ごしてから、頃合いを見てまたナスィルを屋根裏部屋から出してやり、彼の美貌と才能を世界中で大爆発させられる1流芸能事務所と”窒息呪いが解けるネズミの亜人”を探す大冒険を、明日からもナスィルと2人でするつもりだった。
 だが、ジャックも何となくだが、とても嫌な予感をしていた。
 とても嫌な予感は、確実に響いてきたパトカーの音を聴いた時に強く感じた。

 公園の前に停まった1台のパトカーから、タラルでは無い警察官が降りてきた。祖国の警察官の制服である青い服と帽子を被っている極めて真面目そうな警察官が2、3人、辺りを仕切りに見回している。
 ジャックは慌ててナスィルの傍に走り寄ると、手を掴んで物陰に隠れた。一緒に遊んでいた子供達は不思議そうに2人の行動を眺めていたが、隠れん坊を始めたと思って鬼を警察官にしてから、皆も一緒に公園のあちこちに隠れた。
 子供達が一斉に消えた公園を歩きながら、警察官達が其々の胸に付けている無線機で連絡を取り始める。
「こちら第1捜査部。カスタバラク警部補の姿は見当たりません。其方は如何ですか?」
 再び辺りをキョロキョロ見回す。子供を2、3人見つけたが、鬼役の警察官は何も危害を加えなかった。
 奇声を上げて楽しそうに逃げていく子供達の背中を見つめてから、至極真面な警察官の1人は、無線機から聞こえてきた別の警察官の声に応答する。
「紙袋を頭に被ったジャックという子供?ハロウズ孤児院で起きた大量殺人事件の”現場検証”に行ったまま署に戻って来ない警部補から聞いたのか?…………、
 怪しいな。孤児院にジェラート屋、本屋と、この普段は長閑な町で立て続けに軍用兵器を使った惨たらしい殺人事件が起きてる。本屋以外を警部補は”初犯の犯行”と報告してきたそうだが……今日起きてる不可解な事件達を解決する鍵を、そのジャックという子供が握ってそうだ。我々も行方を探そう」
 また子供が沢山、警察官に見つかった。どの子供も紙袋を被っていなかったので、警察官は逃げていく子供達を放置する。
 小さな公園に、ジャックとナスィルだけが残された。紙袋を頭から取って警察官達を睨んでいるナスィルの横で、備え付けの子供用遊具の陰に隠れているジャックは、全身を激しく震わせていた。
「ハロウズ孤児院?ぼくの孤児院だ。……何かあったの?」
 ジャックは泣きそうな顔をしていた。ナスィルはジャックの背中を摩りながら、慰めるように言った。
「ジャック、向日葵畑に行こう。俺、君と約束したよ。大人に見つかりそうになったら、あの大きくて綺麗な花に護って貰おうって」
 ジャックは首を縦に大きく振ってから、警察官達の死角を潜り抜けるように公園から離れた。

 ジャック・ハロウズの将来の夢は、人間の世界では正義の最高峰である国際警察官だった。
 己達が知らない殺人事件の容疑者に勝手にされている親友のナスィルを置き去りにして逃げる事を、彼は微塵も考えなかった。