Bounty Dog【Science.Not,Magic】72-74

72

 彼は経済学と電子工学を併願して受講した半島の大学を卒業してから、スーツ以外の服を着ていない。最近久々にスーツ以外の服も着てみたが、連れの生き物と服装を合わせてやっただけで、着心地は正直、余り好きでは無かった。
 己にとって当たり前の身嗜みだと信じているスーツは、今の立場になってもグレーしか色を持っていない。スーツに関しては黒や紺やキャメルを増やしても良いと思う事も度々あるが、結局は白みのあるグレーのスーツを、今の立場になる前に買った、年季が入った数着を気付けば延々と着回している。
 スーツと一緒に、今でも持っている物が幾つかある。中でも肌身離さず何時も持っている物は3つあり、1つは大型の肉切りナイフ、もう2つは今は無きガレージセールで買った、犬用の哺乳瓶とリボルバー拳銃。
 持ち物は其れだけで、電子機器類を今は何も持っていない彼に、電子器具を持っている男が1人、近付いてきた。彼を取り囲んでいる警備員達の間を擦り抜けて歩み寄ってきた人間の男は穏やかに笑いながら、彼に話し掛けてきた。
 軽く挨拶をして、会話をする。
「発売予定の新作の評判、なかなか上々ですね。貴方が自ら開発に携わったとか。流石です」
「いやいや、貴方の力無しでは実現出来なかった製品です。本当に感謝ばかりで」
「私は立場上、当然の事をしただけ。テムラは貴方の会社なのですから、私みたいな人間は関わるべきではーー」
「とんでも無い!何言ってるんですか!?貴方は社のーー」
 …………。
「一昨日辺りから姿が見えないのですが、行方をご存じありませんか?」
「……いいえ。すいません、常に目を配っているのですが……」
「…………」
 …………。

73

「言っておくけど、俺はエーデンバーグのシャッチョーの顔、知らねんだよ」
 セグルメントが話し掛けてきた。紅志とヒュウラが同時に振り向く。咥えていた紙煙草を指で挟み持って口から離すなり紫煙を吐き出すと、何方にも聞こえる音量で喋り続ける。
「シャッチョー、シャイなのか顔出ししない人でも有名なんだ。会社のホームページにも勿論写真が載ってないし。爆速”神”だから実体が無いんだろうって、ネタでメカオタク共から言われてるくらい」
「まどろこしい」紅志が反応した。袖から飴玉を数個取り出して口に放り込む。セグルメントがウンザリしたように甘党忍者の摂り過ぎ甘味摂取を言葉で注意していると、残っている存在は踵を返して歩き出した。
「クレイジーかよ」と言って、セグルメントがヒュウラを腕力で静止させる。ヒュウラが首輪を掴まれた状態で再び振り返ってセグルメントの顔を仏頂面で見つめると、相棒の忍者と合わせたクレイジーな2存在に向かって、口癖がクレイジーである人間が溜息混じりに話し掛けた。
「真面目に聴けや。だから俺は、カイが十中八九で会いに行こうとしているエーデンバーグが、どんな姿をしているのかとか、連絡先とか全く知らない。情報が無いからシャッチョーとコンタクトして先回りするとか、そういう事は出来ない。だから地道に坊主共を見付け出して、シャッチョーに危害加える前に引っ捕まえるしか無い」
 ヒュウラも紅志も返事と反応をしない。セグルメントは話を続けた。
「一応此処にパソコンあるから、エーデンバーグの顔写真がネットワークの何処かに転がって無いか探してみるけど……はー!せめて何かヒントがあればなあ……。
 ……ていうか、あの花火は何なんだよ?」
「祭りでもするのでは無いのか?」紅志が言うなり、不穏な『霊』の気配を感じた。横を見る。
 ヒュウラは何の反応も示していなかった。仏頂面でセグルメントの顔を見つめている。セグルメントが煙草を咥え直して、ノートパソコンを腕に乗せて起動させると、ヒュウラはまた踵を返して歩き出した。
 今度は紅志が静止させる。ヒュウラから漏れ出ている2つの『霊』に疑念を抱きながら、櫻國出身の人間は立ちながら機械操作をしている相棒が作業を一段落させるまで、不思議な気配を出している人狼に『待て』を命じ続ける。
 ヒュウラは延々と黙っていた。
 コイツらに伝えてやる必要はない、と、思っていた。

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