Bounty Dog 【清稜風月】67-69

67

 ヒュウラ側の”援護者”は、一歩も待機場から動いていなかった。
 上司が『動くな』と指示したからだった。睦月の射撃妨害をする予定だったコノハは”曲者シルフィ”の考え方は独特だという事を、1年ぶりに耳と脳で思い出していた。
 上司が言ってきた言葉は、未だ少し理解出来ない内容だった。状況報告をした時、シルフィ・コルクラートは上機嫌でこのように言ってきた。
『成る程ね。保護対象”ターゲット”を連れて、歴史的変動間近の此の国で、王族の家に悪戯。面白いから放置で良いわ。人間の男の子がしている銃の攻撃も、あの子には楽しいアトラクションになってる』

 “ヒュウラのアトラクション”は、現在機能していなかった。睦月・スミヨシはヒュウラがカンバヤシ邸に火を放った場面を見た途端、邸の正門に向かって走っていた。

68

 ヒュウラは日雨を背に乗せたまま、彼女が死なないように山側の建物の屋根を渡りながら走っていた。女官達がゾロゾロ向かっていく甘夏・カンバヤシの寝室を目指して走っていると、背中から弓矢が飛んでくる。
 “曲者”を見付けた女官の一部が、和弓で攻撃を仕掛けてきた。日雨も構う事無く狙って撃ってくる弓矢の雨を高速でかわしながら、目的地の上まで辿り着いたヒュウラは足を大きく振り上げて、
 日雨に静止させられた。
「駄目だよ!ヒュウラさん、やり過ぎ!!お家を燃やしちゃってるのも酷いよ!静かにバレずに入るのが、隠密だよ!!」
「御意」
 超有能では実は無かった新米忍者犬は、任務で何時もしている強行突破を辞めた。大人しく任命者の虫に従って動き直す。近くに日雨を一時的に置いていたモノと同じ形の煙突が立っていた。煙突から部屋の中に侵入する事にする。
 日雨に「煤を吸って死なないか」と聞く前に、日雨が死なないと教えてきた。息を一応止めさせて、日雨を煙突の中に押し込んでから己も中に入っていく。煙突は甘夏の部屋の真横の部屋にある暖炉に通じていた。
 暖炉は石垣のように小さな石を積み重ねて和風に作られているが、かつて此の国の思想を支配し尽くし掛けていた西洋の雰囲気が残っていた。古(いにしえ)の独自文化を保護しようと活動している人間の家にある西洋の文化物の1つから出てきた櫻國固有種の亜人と西洋の世界から来た亜人は、煤まみれになった狼を見て笑いを堪えている煤まみれの虫女がお互いの顔を見合ってから、虫が狼の背に再び乗って、狼が天井近くに張り巡らされている梁の上まで跳ね飛んだ。
 直ぐ上にある2階への床と天井の間に、人間や亜人がすんなり潜れる程の広い隙間があった。薄い木製の天井を狼は軽くキックして割り壊す。大きな音を出したので、隣の部屋が騒がしくなった。日雨が口に人差し指を当てて、サ行の2番目を長伸ばしで言う。
 『静かにしろ』という意味だと漸く勘付いたヒュウラは、言葉で直接伝えるのでは無く動作で感情や要件を伝えてくる櫻國式のコミュニケーションを人間と同じようにする、櫻國の亜人からされた簡素な指示に従った。
 女官が部屋に入ってくる前に、蹴り開けた穴の中に潜り込む。天井と床の間は、低めの中腰で歩ける程の高さと広さがあった。日雨を下ろして、中腰で隣の部屋の上まで移る。薄い木の板を体重で割らないように、2種の亜人は木製の梁の上を渡った。
 甘夏の部屋の真上まで辿り着くと、ヒュウラはポケットから出した獅子脅しの竹を取り出す。木の板の2箇所に尖った部分を突き刺した。
 小さな穴を2つ開けてから、日雨と一緒に別々の穴を覗き込む。穴の下に居る甘夏は女官達を説得して全員を火消しに行かせてから、右手に薙刀を掴んで天井に顔を向けてきた。

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