Bounty Dog 【And end run.】 4-5
4
デルタとヒュウラは、とある国の丘の上にある3班・亜人課の支部と、保護官達が保護任務の現場に向かう為に使う、あるいは保護した絶滅危惧種の亜人を護送する為に使う飛行機を置いている輸送場の、丁度中間地点に設けられている集会用の広場に移動した。
支部を見下げられる場所にある広場の中央で、向かい合わせに立った人間と亜人は互いに顔を見合わせる。仏頂面で仁王立ちをしているヒュウラに、真顔で腕を組んで立っているデルタはヒュウラから視線を外すと、右手に掴んでいる通信機の画面を凝視した。
ヒュウラの首を覆っている、アンテナ付きの機械が計測する装着者の生体情報を確認する。血圧、心拍数、体温その他諸々の情報が、四角い液晶画面の上に数字と折れ線で示されている。
全ての値が正常だった。デルタは顔を手持ちの機械から上げて視線をヒュウラに戻すと、銀縁の眼鏡の位置を指で調整してから話し掛けた。
「ヒュウラ。先ず、お前が7日間で覚えてくれた事を整理しておく。首輪の使い方はOK。保護任務の主旨の理解も概ねOK。返事……は、言葉のチョイスが変だが、大いに良し」
「御意」
ヒュウラは時代劇のような独特の返事をした。
(ワンよりは遥かにマシだしな)デルタは真顔で頷く。言葉を続けた。
「今日は、お前が出来ていないホウレンソウを会得させる。うちの3班も他の班も、『世界生物保護連合』はチームで任務をこなす。1人の身勝手な行動は、チームどころか組織全体の壊滅にも繋がる。今までは、お前が滅茶苦茶をしても俺がお前のサポートと尻拭いをしてるから大事になっていないが、お前は本来は任務に1番出してはいけない『絶滅危惧種』。しかも最重要保護対象のSランク『超希少種』だ。3班の上層部からは勿論、他の班からもイカれてる愚行だと目を付けられている」
ヒュウラが首を傾げている。デルタは瞬間的に察した。ーーこいつの性格的に、後半の内容は全く興味を持っていないだろうから、恐らく俺が初めに言ったホウレンソウが何だか分からないという反応だろう。まあ知らなくて当然だ。植物の菠薐草(ほうれんそう)も野菜として人間に食べられているモノは、人間が改良を重ねて作り出された野生の本来のモノとは全くの別物と化している生き物だから。ーー
デルタは話を続ける。ホウレンソウについて人間では無い生き物に説明した。
「報告、連絡、相談だ。昨日の絹鼬族の保護の時は一度キチンと相談してきている……が、あの後はやっぱり連絡しなさ過ぎて、お前の追跡をしたり、脅威から助けたりと部隊は随分苦労したんだ」
ヒュウラは、首の角度を戻して目を若干見開いた。
(あんな脅威が起こってしまったのは、あの鼬によるものだったが。だがあの鼬の亜人も、こいつは斬新な道具の使い方をして難なく単独で捕獲してしまった)
デルタは心の底から思った。
(勿体無いんだ。こいつは賢い、だけど折角の賢さが時々喪失(ロスト)してしまう。フォローしてやらないといけない、詰めが甘い所も)
ヒュウラの目の大きさが元に戻った。無表情で見つめてくる特別保護官兼超希少種の狼の亜人に、最上指揮官の人間の保護官は指示をした。
「ではこれより第7回特別訓練を開始する。これから隣の国に行くぞ」
5
支部がある国の隣国は、極めて平和な先進国だった。自然豊かな小さい国だが、人間の商業施設も充実しており、新人保護官ミト・ラグナルが良く化粧品売り場に通っているデパートもあった。
ヒュウラは黒いサングラスを目に掛けて、人間の街の一角に大股で立っていた。通り過ぎる人間達の誰もが、異様なオーラを放っている小柄なグラサン男をジロジロ見てくる。
ヒュウラは黒い布を首に巻き付け、マントのような丈の長い黒いケープを肩から羽織っていた。一目で亜人だと分かってしまう独特の瞳と目立つ首輪を隠す為にサングラスを掛けさせて布を巻いたついでに服装も変えようとしたものの、鎧を外したがらなかったせいでデルタが緊急処置を施した結果、極めて可笑しな格好にさせられていた。
(アレが……噂の大量殺人テロリスト!?)
あからさまに怪しい暗殺者のような格好をして人間に擬態している黒尽くめの亜人の青年に、向かいの道の端でベンチに腰掛けてバスを待っていた人間の初老の男は至極警戒した。
世界中で今話題になっている、謎の爆弾テロリストによる人間だけを狙った大規模無差別殺傷事件は、男もテレビのニュース番組と新聞で情報を得て知っていた。目の前に其れだと言われても肯定しか出来ないような存在が立っている。警察を呼ぼうかと考えたが、余りにも分かり易過ぎる不審者だったので、男は無視する事にした。
(随分昔から若者の間で文化として定着している、何かの創作御伽噺のキャラクターのコスプレだろう)男は勝手にそう結論付けた。
見た目がエセ暗殺者と化している狼の亜人ヒュウラは、黒い布に覆われた首輪の背面に腕を回す。茶色い手袋を嵌めた手で首輪に付いているボタンを押すと、遠くのカフェでコーヒーを飲みながら待機しているデルタに連絡した。
「何をする?」
デルタはカップから口を離して、テーブルの上に置いていた通信機を耳に当てた。極々普通のカジュアルな服を着た人間の青年は、銀縁眼鏡のブリッジに人差し指と中指を当てて位置を調整しながら、硝子窓を隔てて目線の先に居る明らかな不審者を見た。
己が特訓中である大事な狼の亜人を不審者にしてしまった事を酷く後悔しながら、機械越しにヒュウラに指示する。
『良し、キチンと連絡してきたな。ホウレンソウ任務レベル1。さっきお前に渡した1000エードで、果物を売っている店に行って、林檎と蜜柑を買ってこい。林檎と蜜柑だぞ、林檎と蜜柑は分かるよな?分からない事があれば、直ぐ俺に連絡しろ』
「御意」
ヒュウラは手に握っているデルタのポケットマネーの1000エード紙幣を一瞥して、動いた。彼は産まれてから19年生きている己の生涯で初めて、人間の街で御遣いをする。
果物屋は直ぐ見付かった。店主の人間の男は速攻で警戒した。黒尽くめの暗殺者が突然目の前に立って、サングラスを掛けた顔でロボットのように無表情で佇んでいた。悍ましい機械人形の暗殺者は首だけを動かして、陳列されている様々な種類の果物を観察する。林檎と蜜柑は置いてあった。林檎と蜜柑は、安物から高級品まで様々な種類が置いていた。
ヒュウラは首輪の背面に指を置く。スイッチを押すと、デルタに相談した。
「どれだ?」
デルタは直ぐに言葉の意味を理解して、助け船を出した。
『良いぞ。どの林檎と蜜柑を買うか相談をしてきたな、ヒュウラ。金が足りる金額のもので、好きな物を選べ。買った果物は食って良いからな』
「で、ででで、ど、どれにするんだい?兄ちゃん」
店主は身の全てを震わせながら声を掛けた。
ヒュウラは仏頂面のまま1000エード紙幣を店主に渡す。四則計算は未だ教えられておらず出来なかったので、買う林檎と蜜柑を自分で選ばずに、店の人間に無言の圧力を掛けて選ばせた。