Bounty Dog 【清稜風月】98-99

98

 城の主、槭樹・イヌナキは本丸の中庭に未だにいた。城のあちこちから聞こえてくる部下達の声と轟音、中庭に吹く微風が流れ伝えてくる曲者”3種”の気配を、終始聴覚と第六感を働かせて感知していた。
 右手に、鞘から引き抜いた大太刀を握っている。此処にやって来た侵入者を何時でも斬り捨てる準備を万端にした状態で、先程から声が聞こえてくる若い男を”第四の曲者”と認識すべきか、心の中で吟味していた。
 ーー亡き家内・凪が生きていた頃は、某は尻敷かれの亭主であったと今でも自覚しておる。だが家内が某を良く揶揄う男勝りの博識で勇敢な女子(おなご)であっただけで、某が決して意志の弱い男(おのこ)である訳では無く、力が弱くも決して無い。
 凪も某の考えと実力を認めて、伴侶になる事を喜んで受け入れてくれた。「此の身が滅びて霊になろうとも永遠(とわ)に当主と添い続ける」と祝言の時に晴々とした態度で申し、某に子を2人も授けてくれた良妻賢母は、運命(さだめ)という八百万の神がした気まぐれに巻き込まれて子達と一緒に真(まこと)の霊になり、30代という若過ぎる齢で生涯を終えて冥土に逝ってしもうた。
 凪が生きていた頃も、助言は良く受けておったが某がイヌナキ家の当主として、常に先頭に立って活動しておった。利口であった頼れる家内はもう此の世におらず、この騒動に対しての助言も全く貰えぬ。だが仮に此の世に留まる”幽霊”になっており今でも某の傍に居てくれておったとしても、某はもう家内の名でもある、荒れた海を抑えとる凪(なぎさ)に、もう頼る訳にはいかぬ。
 時期に外から来る侵略という嵐は古(いにしえ)では抑えられぬ、出来ぬのだ。此の国は例え荒れに荒れようとも、大きく変革をさせねば世界の中でもう生き残れずに、我々櫻國の民ごと全て、喪失する。ーー

(おれの祖国は、自分の国以外を最終的に全て喪失させる事を目標にしていた。世界征服を影からする為におれのような人権を奪って作ったスパイを世界にばら撒いて、他の国の機密情報を手当たり次第に奪い取りながら、表でも軍事力をどんどん強化させている。世界中に向かってアピールしている『自由の国』と実際は真逆で、世界で1番不自由な国だと、おれは確信している。
 あの国は、住んでいる現地人ごと思考が歪んでいた。他の人間を大した理由も無く殺しても1度だけなら罪にならずに許されるとか、狂気でしか無い法律まで『自由』と評して作っていて、おれの親が生まれる前から祖国の人間達に悪用の限りを尽くされてる。おれの祖国の人間は、8割5分以上で子捨てと人殺しの前科がある。おれの親だって……だから)
 ーーあの人に諭されて、全ての事実を知っているからこそ、おれはあの国を見限った。ーー長い独り言を心の中で呟いてから、少年は曲輪の上から通路に飛び降りて、本丸に向かって疾走する。
 己が今居る本丸と二ノ丸を繋ぐ通路は、突然宙から曲輪を半壊させて飛び降りて来た狼の亜人によって、阿鼻叫喚状態になっていた。この場に居続けると、己もいずれ見付かって脅威に晒される。警護が亜人に意識を向けている今をチャンスにして、任務の仕上げに掛かる事にした。
 着ているパーカーの上から羽織っている上着のポケットから、手紙を取り出す。其れは狼の亜人が虫の亜人から受け取っている巻物型の手紙では無く、四角い黒色の封筒に入っている、赤い封蝋付きの西洋型の手紙だった。

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