Bounty Dog 【清稜風月】59-61

59

 日雨に連れられて何時もの縁側にやってきた。何時ものようにヒュウラは胡座、日雨は正座で座る。何時ものように縁側の直ぐ側にある藪の中から大量の虫が鳴き出した。
 日雨は何時ものような”笑顔伝授大作戦”をヒュウラに行わない。外の世界の話も催促してこなかった。彼女は己の傍に手作り煎餅が入った菓子折り2個と、墨汁が入った硯(すずり)と筆、物凄く横長い紙を2枚並べて広げ置いていた。
 日雨は振り袖を捲り上げて、筆を右手に持った。硯に垂らしている墨汁に筆の毛を漬けると、硯の端で毛に含ませた墨汁を調節してから、2枚の紙に文章を書いていく。
 同じ文章を宛名を変えて書き切ると、仏頂面で様子を眺めていた狼の亜人に振り向く。虫の亜人はニッコリと笑うと、筆を硯の上に置いてから櫻國の独自文字で書いた文(ふみ)の内容を声に出して読み上げた。
「拝啓、甘夏・カンバヤシ様。拝啓、槭樹・イヌナキ様。突然の便りと菓子折りを送り、驚かしてしまい誠に申し訳無く思うとります。私は麗音蜻蛉(れねかげろう)という虫の亜人です。名は日雨(ひさめ)と申します。
 あなたとお友達になりとう御座います。私は山の頂上にある大きな家に住んでおります。着物を着て、猪口令糖(ちょこれいとう)を一緒に食べたいです。是非ともお越し下さい。お話が沢山しとう御座います。何時でもお待ちしております。敬具」
 文字の墨が乾くと、日雨は2枚の紙をグルグル巻いていった。橙色と黒の紐でそれぞれ結んで簡易式の巻物(まきもの)を2本作ると、菓子折りを包んでいる風呂敷の結び目に差し込む。
 2個の贈り物を完成させると、日雨はヒュウラに向かって話し掛けた。
「ヒュウラさん。あのね、コレをみかんちゃんと槭樹さんに渡して欲しいの。隠密(おんみつ)になってくれないかな?この国にはお休みをしに来てるのに、お仕事ばかりさせて御免なさい」
 ヒュウラは返事も反応も許されなかった。しようがしまいがその前に、日雨が一方的に言葉を続ける。
「みかんちゃんの方は私も一緒に行きたい。お邸(やしき)は山の端にあるんだよね?だったら私も死なずに、みかんちゃんのお家に行けると思う」
「……御意」
 ヒュウラは了承を”させられた”。国際保護組織の特別保護官は、東の島国の特別忍者に変身する。
 先ずは日雨と一緒にカンバヤシ邸に行く事になった。“密書”任務は明日の夜中に行うと、日雨が勝手に決めてしまった。

 その晩は日雨に一方的に任務を約束させられて、解放されてから直ぐに借りている何時もの寝室で寝た。何時ものように隣の布団で睦月が寝ていたが、今日は何時もと違って縁側の会話を盗み聞かずに早々に寝てしまっていたようだった。

60

 睦月・スミヨシが亜人2体に告げた櫻國の状況は真(まこと)だった。先進的な改革をせずに古(いにしえ)の文化や技術を保護し続ける”保守派”の指導者である甘夏・カンバヤシは、ヒュウラが櫻國に来て22日目の午前、険しい顔をしながら入出国審査場と非常に短くなっている手続き待ちの外国人の列を広場の一角から見つめていた。
 彼女の背後にシルフィが乗り捨てた、アグダード地帯でイマームから貰った小型飛行機が木製の巨大な滑車の上に乗せられて置かれている。ライムと唐辛子を手に持ったピエロの絵が描かれている垂直尾翼の部分は切り取られて無くなっていた。甘夏が飛行機を回収する前にシルフィが部下達に指示をして切り取らせて、支部に土産として持ち帰っていた。

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