Bounty Dog【Science.Not,Magic】46-47

46

 ヒュウラは無意識にパパイヤを頭の上に乗せていた。両端を茶色い革手袋を付けた手で未熟の果物を掴んでいる。真横から細長い人工の光が当てられていた。スパイに狙われている。
 何故己が狙われているのか、ヒュウラは分からなかった。相手の正体も分からない。紅志が居なくなって直ぐに3発撃たれた。全ての弾丸が喉を狙ってきて首輪が全弾弾いて守ってくれたが、喉に衝撃を3回受けて首が非常に痛かった。
 パパイヤに仕掛けを施したのはセグルメントだった。唯の悪戯だったが、スパイがパパイヤの仕掛けに勘付く。怒りの温度が上がった。銃のサイレンサーと夜間の任務時に使う携帯式ミニライトが、”ふざけた”パパイヤに光を当てた。
 パパイヤに、セグルメントは文字を彫っていた。ヒュウラは殆ど読めない世界共通文字で、緑色のパパイヤに下記の文字が刻まれていた。
『喜べ。お前は神が慄く程のクレイジーだ』

(調整が必要だわ。あなたが関わり過ぎて、やっぱり此の世に影響が出てしまっている)
(わたしはヒュウラに嫌われてしまった……唸り過ぎた)
(コッチと半交信状態にして関与し過ぎたのよ、調子に乗って。だから”ほつれ直し”が必要。言っておくけど、”丸呑み”は終わり。アレはあの島に居た亜人と霊が亀裂を作ったから出来てしまっていた、あなただけの特別待遇だったと肝に銘じなさい)
(グルルル、グルルル。……………、
 キモニメイジとは何だ?魔王は言ってこなかった)

 此の日の昼間、南東大陸の一角にある陽気なイメージと治安が悪いイメージを同時に付けられている某国の街で、1人の人間が”可笑しく”なった。其の人間は”クズ”で有名であり、違法風俗店と麻薬取引所を複数経営しており、殺人代行業社も2・3社経営している。
 初めて刑務所に入れられた時の年齢は8歳。学校のテストの点数が悪いという些細な説教を受けて立腹して、母親を包丁で滅多刺しにして殺した。凶暴かつ異常に短気な性格で、すれ違っただけの人間も理由無く銃で何人も殺している。マフィアのボスとして闇の世界を長年牛耳っていたが、仲間に裏切られて国際警察によって逮捕。30の罪で死刑が確定して、執行が明後日の朝に迫っていた。
 其の人間は、独房から突然「時間が無い、しないといけない事がある。外に出たい」と監視官に言った。当然監視官に却下されるが「用事が済むまで監視を好きなだけ付けて良い。用が済んだら私は死ぬから安心して欲しい」としつこく何度も言ってきた。何の用事だと監視官が尋ねると、人間は此れ迄の生涯で一度もした事がない、懇願の眼差しに涙を蓄えて言った。
「隣の街にある川に、1時間以内に行かないと子供が溺れ死んでしまう。私が代わりに溺れて助けないと”ほつれ”が直らない」
 其の人間の一人称は”私”では無かった。刑務所の死刑囚用独房で監視官に訴えた1時間後、其の人間は隣の街にある大きな川で溺死した。代わりに救われた命の主は人間では無く子供のシカで、人間は生涯の最期に唯一の善行をして此の世を去った。
 其の人間は冥土の審判で”反省の余地無し”と神の代行裁判官から判決を受けて、魂が消滅した。生きていた頃にした最初で最後の善行は其の人間が己で行ったモノでは無い。行ったのは”神の代行裁判官”だった。
 万物の神は、時々此の世で起こる”ほつれ”を直す。実際に動くのは神が任命して普段は魂の審判を行っている代行裁判官達で、憑依された生き物は、憑依されている間の記憶が喪失する。

 ヒュウラは”予感”を察知した。ぼんやりとだが、嫌な予感がした。パパイヤを頭上高く持ち上げる。
 パパイヤが喪失した。怒りの火が炎に変わった人間のスパイに、銃で撃ち崩された。ヒュウラは頭に何も乗せても付けてもいない。無意識に手を突っ込んだポケットの中に、折れた首輪のアンテナ以外に物が入っている事に勘付いたと同時に予感が”ビリビリバギュドゴーン”した。
 ヒュウラが急停止する。ポケットから物をひとつ取り出すと、頭の中で若い女の声が聞こえてくる。
(ほつれ直しを行う。私が300数え終わるまでに、用事を全て済ませなさい)

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