Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 1-2

 4:09:08
『ナシュー……ナシュー……確実に、確実にこの私の忠告を見つけて聞いてくれてはいないだろう。だけどそれでも私は、生きている内に君に最後のメッセージを残しておきたい』

 4:16:20
『御両親が遭った死亡事故。公共の報道ではトラックと衝突したとされている。だが警察の更に上となる我々の所属する特殊機関の調査では、車の内部にあった荷物のいずれかに軍用の強力な爆発物が入れられていた可能性があるそうだ。加えて、攫われたと思われていた影武者の子は、別の孤児院に行って別の通常の里親に引き取られたらしい。私の推測に過ぎないが、あの事故。本当は君がーー』

 4:28:20
『ナシュー。君は部隊を裏切った。方法は不明だが、飢えたアグダードの民達を基地の外で洗脳して手懐けたな。私達を餌と思い込ませた。そして今、彼らに我々を襲わせて食わせている。
 度々する中佐暗殺未遂事件から臭い出したが、君はもう人間の思考をしていない。人間のする域を超えた化け物だ。狂ってる。友達の仇討ちをした時からか?11年の孤独生活でか?親の影響か?壊れたのは何時からなんだ?
 私は何でもお見通しだと言った。だが君の心の闇の深さだけは分からない。だが君のこれからするだろう事は分かっている。この馬鹿げた裏切りで我々を皆殺しにした後はこの地に新しい勢力でも作るんだろ?二大勢力に苦しめられているアグダードの命達を、お前が更に不幸にする。私は絶対に止めるぞ、刺客君の力を借りて』

 4:35:57
『ナシュー!独裁者だって全く向いてない!!もう全て辞めたまえ!!君は王では無く軍人!軍人は、民を脅威から護るのが任務だ!ゴミのような2つの勢力と”我々祖国”の脅威から、この土地と民を護ってやるのが君の本来するべき任務だ!!忘れるな!!忘れるな!!私を含めて君を純粋に愛してくれる人間だって世界中に沢山居る!!』

 4:45:31
『私は表向きは、優しくて陽気な服好き冗談好きのジジイ。だが軍隊司令官としてでも、私は中佐以上にシゴキのやり方が非常にエグいのを、18年私の下に就いて何にも学ばなかったのかい?……まあでも、君のそういう素直な所が凄く好きだったんだけどね。何時も私の期待通りに動いてくれる、可愛い可愛い私のナシュー』

 4:59:30
『やあ、ナシュー。随分来るのが遅かったね。皆無事に始末して、残っているのは私だけかい?
 良いとも、何時でも私を殺したまえ。覚悟はとうに出来ているから、泣くな。泣かなくて良い。君も覚悟を決めてこんな事をしたんだろ?安心したまえ。私の運命も、君の運命も、全てお見通し』

 5:00:00
 数百年前に人間が発明して頻繁に使っていた、今は一部の人間以外は誰も使っていない骨董品のテープレコーダーが止まる。
 その数10分後、”ナシュー”は死んだ。産まれて41年間生きた此の世での生涯を終えて直ぐに、テープを遺していた相手と共に、”彼”と冥土で再会した。
 34年の時を経て。悍ましい暴走を始めたキッカケだった、あの頃のまま永遠に時が止まっている”彼”に。

Muchas gracias. Te amo.

1

 その時、ヒュウラは未だこの星に産まれていなかった。ミト・ラグナルも、シルフィとデルタのコルクラート姉弟も。軍曹と朱色目の黒布も、カイとタクトの科学者兄弟も。イマームも。リングもミディールも未だ産まれていなかった。
 当時既にこの星に産まれて生きていたのは、現在『世界生物保護連合』9班・民族文化課の情報部で活躍している45歳のセグルメント・カッティーナと、43歳の祭り大好きモグラ・ラフィーナ。58歳のヒシャーム・アル・ファッラージュ。57歳のイシュダヌと56歳のエードウ・ビィ・ファヴィヴァバ。そして後1人の人間だった。
 “ナシュー”は、その時は未だ7歳の幼い子供だった。その時に起こった大きな出来事で、彼は人間への憎悪の闇に呑み込まれ、破滅の道を突き進んでいく。
 その道の途中で、偉大なる神は暴走から彼を救う為にストッパーを2つ授けていた。それでも彼は、結局最期まで暴走を止める事は無かった。

 彼が産まれた場所は祖先が住んでいたアグダード地帯では無く、軍事力が世界一屈強だと有名な、北西大陸の西の端にある、とある先進国。その国に産まれ育ち生きている人間達は、その多くが小麦色の肌に、黒髪か茶髪という特徴を持っていた。
 彼も祖国の現地人と同じ肌と髪の色をして此の世に産まれてきた。唯、1つだけ他の人間達は世界中でも誰1人として持っていない、固有の特徴を持って産まれてきた。
 其れは、他の存在達からは大いに賞賛されるが、本人は生涯に渡って延々と苦しんだ悲惨な個性だった。個性を与えた神は、前世で偉大な功績を多々していた彼に生涯を終えた命に対して冥土で行われる『最後の審判』で”極楽行き”の判決をして、次の人生で誰よりも幸せな生涯を送れるようにと、褒美で与えた筈だった。
 だが神は、人間よりは遥かに優秀だが完璧に万能では無かった。与え過ぎたのだ。余りにも与え過ぎてしまい、見た存在を窒息させてしまう最上の美貌を、神は彼に与えてしまった。

2

 今から34年前の当時、ある国の子供用玩具メーカーが作ったボードゲームが、世界中で大ヒットをしていた。遥か昔からあるボードゲーム『チェス』を引用した模擬戦争ゲームで、このゲームは遥か昔の時代に西洋で実際に行われていた戦争をモチーフにしているチェスゲームに、現代風のアレンジが施されていた。
 王、兵士、騎士などお馴染みの駒は揃っているが、女王と僧侶は攻撃に使えず、治安維持の駒として、新たに追加されている複数の『国民』駒に使う。相手の国を攻めながら、自国の国民達が戦争に勘付いて『反乱』を起こさないように抑え込むと共に、必要に応じて『国民』を兵士に変えて取られた駒の補充に充てる、カードとルーレットを用いた内外の戦いを行う必要がある。
 更に追加駒として『諜報員』がこのゲームに加えられている。『諜報員』は、ゲーム開始前の駒の配置時に、それぞれの相手の『王』『女王』以外の駒の1つの底にシールを貼って混ぜ込ませる。此方はカードとルーレットを使って操作して、敵国の『国民』の反乱を促したり相手の兵隊駒を取ったりと敵の陣地内で攻撃する事が出来る特殊な駒だが、3ターン毎に目敏い駒を1つ選んで底を確認する時、『諜報員』のシールが貼られた駒を見つけたら『処刑』をして排除出来る。
 このボードゲームは、初めは子供用のアナログ対戦ゲームとして売り出された。が、勝つ為には高い戦略性が求められる非常に奥が深いゲームだったので、大人達にも高く評価されて爆発的な人気となり、当時は紛争地帯のような特殊な場所以外であれば、どの国の家にも1セットは必ずあった程に、空前の大ヒットゲームとして人間世界で君臨していた。
 少年だったナシューの家にも、勿論そのゲームのセットがあった。陸軍の軍人を夢見たが夢叶わずに警察官になった父親が「模擬陸軍ゲームだ」と喜んで買ってきていた物だった。
 ”彼”も、そのゲームを良く遊んでいた。”彼”はそのゲームが大得意だった。大人顔負けの鋭い戦略を立てて駒とルーレットとカードを自在に操り、想定出来ない駒を『諜報員』にして、孤児院に居た頃から連勝記録を叩き出していた程に、物凄く強かった。


 今から34年前の、彼らの祖国が夏の季節だった頃。祖国には四季があるが、東の島国とは違って年中に渡って湿度が低い。気温が初夏から真夏並みに暑くなる国だった。真夏の花も、早々に満開に咲く。
 暑い日々が続いていたその日に、”彼”は新しい”影武者”として、ナシューの家にやってきた。ナシューは家にやってきた”彼”の存在を、最初は全く知らなかった。
 ナシューの世界は当時、家の屋根裏部屋だけにあった。窓が無くて扉に片面だけしか解錠出来ない鍵が何時も掛けられている己の部屋の中だけにしか、彼の世界は無かった。
 外の世界の存在を一切知らずに産まれてから7年間、幽閉されて生きていた。だが彼は己の現状が異常だとも知らなかったので”それなりに幸せ”だと、思い込んで生きていた。

 ナシューは夜くらいしか両親が鍵を開けて部屋に来ないので、昼間は大体1人で遊んでいるか屋根裏部屋に置かれている子供用のベッドで寝ていた。
 寝ている時は頭にスッポリと被せる事が出来る厚手の大きな紙袋が、部屋の中央に置かれた大人用の大きなロッキングチェアの上に乗せられている。犬の着ぐるみの頭の部分になる被り物もあったが、ナシューは恥ずかしいモノだと思って全く好きでは無かったので、ベッドの横に置いている木製の大きな玩具箱の中に突っ込み入れていた。
 最近、父親がコッソリと箱の中に入れてきた若葉色の光沢がある綺麗な物体も、玩具の山から手で掴む部分が飛び出ている。ナシューの父親は警察官だった。ナシューの家の近くにある小さな町の警察署に勤めている警部補で、町ではそこそこに権力がある人間の男だった。
 彼と専業主婦をしている母親は、ナシューの家に”養子”を連れてきた。実の1人息子には決して伝えない新たに迎えた養子は、丁度”彼”で15人目だった。

 異常な頻度で迎えては”脱走して行方不明になった”と役所に届けるを繰り返しているナシューの両親は、キラキラした尊敬の眼差しを父親に向けている新しい養子の少年に、玄関扉を異様な数の鍵で施錠してから、家の中に上がらせる前に1枚の紙切れを渡して言った。 
「今日から此処が君の家だよ、宜しくね。そして君は、ここに書かれている名前をこれから名乗ってね」
 養子として里親達に迎えられた少年は、小麦色の肌に短い茶髪をしている、2人ともに黒髪であるがナシューの両親に良く似ている、ごく平凡な顔をしていた。
 瞳の色は鶯色だった。鮮やかなオレンジ色のパーカーと茶色の半ズボンという子供らしい服装をしている彼は、胸に手作りの星の形をした勲章のような飾りを付けていた。
 少年の将来の夢は、警察官だった。憧れの職業である警察官の義父に渡されたメモを読んでから、少年は直ぐにメモ帳を義父に返す。
 少年は片眉を上げながら、己の新しい家族になる大人達に向かって言った。
「ぼくには、ちゃんと名前があるよ」
 義父も片眉が上がった。義母は真顔になって、先に家に上がってキッチンに向かって行った。
 ダッチオーブンの中の鶏肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。少年はこの家と大人達の異様さに全く勘付かずに、満面の笑顔で自己紹介をした。
「ぼくの名前はジャック!ジャック・ハロウズ!!」