Bounty Dog 【清稜風月】182-185

182

 日雨が理解しているヒュウラに関する事は、人間の保護官が全く知らないモノも幾つかあった。ーー先ず、ヒュウラさんはやたらに自分の頭が狂う事を恐れて気にする。「狂っても良いよ。物凄く楽しそうだよ?」と励ましてあげても「嫌だ」の一点張りで抗議してきた。
 既に死んでいる存在は全く怖く無いが、死にそうな姿になっていても死んだと思っていても未だしぶとく生きている”お化け”も物凄く怖いらしい。人間と同じように生きているが人間とは考え方が違うらしい私が知っている”お化け”とヒュウラさんの”お化け”の認識が違い過ぎて、不思議で面白い人だった。
 人形のように感情が全く無いように見えるが、本当は感情が豊かで煩い人嫌いのお喋り嫌いで、怖いモノも沢山ある人だった。そんな彼が絶対に喪失出来ない”あの真”を、この人は忘れてしまっていた為に『霊』が思い出させようと、ヒュウラさんの頭の中に詰まっている過去の記憶を湧き出させて暴走させた。彼の真は記憶の奥深く、奥深くにあった。記憶を共有出来る私が見付けてあげなかったら、絶対に楽しく無い狂い方をしてしまっていただろう。ーー
 彼の真に関する記憶を触角で読み取った時、日雨はヒュウラを至極羨ましいと思い、それ以上に己よりも、己が見せてやった”其れ”よりも、彼は遥かに可哀想な人だと思った。
 日雨は記憶を読み取った時に、ヒュウラの手を握った。相手の思い出の奥深くにあった最も古い記憶まで辿り着いた時、彼女は3つのモノを見た。
 とても暗い場所にある、産まれたばかりの赤ちゃんの手。氷のように冷たくなっている黄色い肌をした大人の手。小さな手の平が大きな手の甲に触れていた。最後に見えたモノは、日雨も知っている人間の道具だった。眼鏡。
 眼鏡。黒縁の眼鏡。掛ける部分が片方割れていて、レンズは付いていなかった。

183

 日雨の亜人の友達は、彼女の和布団の中で穏やかに眠っていた。日雨は鎮静効果があるモクレンの花の蕾を煎じて作った漢方薬を飲ませて眠った相手が『霊』から受けている戒めから逃げられている事に安堵しながら、居間で人間の友達のコノハから他の人間達に関する話を聴いた。コノハは激推し亜人が就寝中で極めてYES状態であるが日雨が居るので無視した上での至極真面目な態度で、槭樹が甘夏を”売国奴”として捕らえた事、日雨の幼馴染の睦月がコノハの上司のシルフィから指示を受けて、甘夏姫の用心棒として共に捕まり、イヌナキ城に隠密として潜入している事を教えられた。
 黄色い肌だが色白である虫の亜人の長細い手の指がカタカタ震えた。掴んでいる湯呑みの中の茶に小波(さざなみ)が立つ。睦月と甘夏姫、加えて槭樹のおじ様の安否も心配しているのだろうと、コノハは再び”女の子の勘”で察知した。
 彼女が今使った霊的能力は、男であっても余程に病的に鈍感でなければ誰でも容易に使える。霊能力者としては”勘”以外で『霊』を一切全く操れないNO人間だが、霊の力は微塵も要らない相手への思いやりと優しさは、例え相手が人間で無くても充分に与えられた。独特の癖が無くイケメン男に対しても盛大に狂わなければ、まごう事無きYESで『良い女』の称号を上司から貰える、性が災いして永遠のNOに己からなってしまっている哀れな国際保護組織の亜人課ベテラン保護官は、2杯目の櫻國茶を淑やかに飲み干すと、睦月と甘夏姫の行動と生体情報は槭樹のおじ様も含めて組織が作った特注の発信機で明瞭に分かる事、睦月が任務を担当する代わりに己が護衛役として、ヒュウラと一緒に”K”から保護すると伝えた。

 日雨はコノハに了承した。だが彼女はヒュウラに関する真実と共に、昨日炊事場で拾った黒い通信機の事も、コノハには一切伝えなかった。

184

 ヒュウラは其の日、目覚める事は無かった。日雨は其の日はコノハの布団で一緒に寝た。
 コノハは己の左耳にピアスを開けて、イケメン人間男とイケメン亜人男は引き続き盛大に推すものの、恋愛的には同性をウエルカムOKにした方が己の人生はすんなり薔薇色になって幸せ一杯のYESになるのか?と真剣に考えた。妖精ちゃんには手を出さず激推し亜人にも手を出さずに、夜更けまで和式の布団に入りながらレズビアンに目覚めるか否かを悩みに悩んだ末に、眠気が訪れたので寝た。寝て次の日に起きたら悩みは綺麗サッパリ忘れた。

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