Bounty Dog 【And end run.】 1-3

 絶滅危惧種の亜人、Sランク『超希少種』獣犬族(じゅうけんぞく)のヒュウラは、『世界生物保護連合』3班・亜人課の新人保護官ミト・ラグナルによって保護された。本来は人間が作った一生人間に保護される特別施設に送られる予定だったが、とある1人の人間が組織の最高幹部者達と行った交渉により、組織の亜人課現場担当部隊の手伝いで成果を出す事を条件に、期限付きだが亜人課現場部隊支部で自由に過ごせる特別猶予を貰っていた。
 貰っていた猶予期間は、14日間。ヒュウラは”特別保護官”として任務を行った14日間で、7種の亜人と大勢の人間達に関わった。
 これはAランク『希少種』絹鼬族(けんゆうぞく)の青年を保護してから、Gランク『超過剰種』喵人(みゃおれん)のリングと出会うまでの、空白の1日間に起きていた出来事である。

And end run.

1

 ーー私、デルタ・コルクラートは、この世界で余りにも増え過ぎた絶滅危惧種の生き物達を保護する組織『世界生物保護連合』の3班・亜人課に入隊してから10年経っていた。私が現在就いている役職は、現場保護部隊の最上指揮官。通称・班長。部下の保護官達からは『リーダー』と呼ばれており、私よりも役職が上になる統括部に所属している上司は揃って苗字の『コルクラート』と呼んでくる。名である『デルタ』と呼んでくる人間は、この組織の中では今の所、2人しか居ない。
 だが私がこの役職に就いたのは、実は僅か半年前だった。その事を知っている部下は少ない。私が指揮している亜人課の現場保護部隊は他の課と比べて、圧倒的に殉職者が多いのだ。
 この課が担当する保護対象(ターゲット)は、『亜人』と呼ばれる生き物である。見た目も性格も、我々”人間”と大差が無い。が、一方で動物をも凌駕する強靭な能力を持つ種が多い。他の動物よりも優秀な生物素材を持つ種も数多くいる。私は調べ物が好きなので亜人の事を時々調査して分析するのだが、この組織が設立するきっかけになったのも、亜人だ。
 その亜人種の名前は『雪鼠族(せつそぞく)』……しかし、本来の名は忘れられて、この種には俗称が付けられていた。不正者、ならず者を意味する侮蔑の言葉『ローグ』。
 ローグは、人間が絶滅させた亜人だった。絶滅させられた原因は、彼らだけが持っていた強大かつエコロジーな理想の極みである能力だった。人間は、人間だけの利益の為に彼らの能力を奪い取ろうとした。保護も保全も何も考えず、目の前に現れた御馳走を骨まで嚙み砕いて貪り尽くす獣のように、あの鼠の亜人に言うのも酷で罪にしかならない程の暴虐の限りを尽くした後、発見してから僅か1年も経たずに1体残らず喪失(ロスト)させたのだ。
 未だ此の世に生き残っている他の亜人種も、他の生き物達同様に殆どが人間によって絶滅の危機に瀕している。最近、私の部隊に新しく入ってきた17歳の女性保護官の活躍で、非常に希少な亜人種を1体保護した。
 その種の名前は『獣犬族』。茶色い狼を擬人化させたような見た目をしていて、種の特徴は3つあり、内の2つが非常に有名だった。特殊な加工を施せば、此の世の物とは思えない程に美しい宝石になる目『ウルフアイ』。そして、その生物素材の価値を高騰化させている元凶にもなっている、あらゆるものをほぼ一撃で破壊する強靭的かつ凶悪極まりない脚力。
 保護した『獣犬族』は雄体で、個体の名前はヒュウラという。齢は本人曰く19歳。ラグナル保護官よりも歳上だが、
 彼は亜人で、人間では無い。19歳の獣犬族は、本来は未だ親が必要不可欠である成長期只中の子供なのだ。ーー

2

 デルタ・コルクラートは班長室の執務椅子に腰掛けていた。本日の事務作業を午前中の内に終わらせたので、作業に使っていたノートパソコンの電源を切らずにスリープモードにして閉じた。
 ーー本来なら今日は午後から非番なので、昼間から酒を飲むか、寝るか、亜人の情報分析をするか、実家で飼っている大型犬の写真整理のどれかをいつもはするのだが、今日はどれもする気が起きなかった。8班・植物課から依頼されている任務現場の土地で採取した希少植物の送付もあったが、これは仕事になってしまうので、非番の時は関与しなくても良かった。ーー
 デルタは椅子ごと背後に振り向いて、壁に立て掛けている白銀のショットガンを掴んだ。ノートパソコンを机の隅に追いやってから銃を横倒しにして机上に置き、銃を分解し始める。
 ーー先ず1時間程は、コレのメンテナンスに当てよう。この武器は自分の愛用品であるが、借り物でもある。本来の所有者は双子の姉で、名はシルフィ・コルクラート。今は3班・亜人課情報部の現場誘導(ナビゲーション)専属保護官・誘導員(ナビゲーター)で、半年前までこの部隊の最上指揮官を務めていた人だ。
 性格と思考に独特の癖がある事が災いして、半年前に大きな失態を犯して現場部隊を崩壊寸前まで追い込み、本部の統括部最高幹部達の怒りを大いに買い、除隊どころか殉職する危険が極めて高い任務にワザと単独で行かせられる反人道的な処分までさせられそうになったが、保護官としての能力が非常に優秀であり、どのような処罰でもモノともしないだろう姉には結局、弟の自分と所属を交代する事で処分に決着が付いていた。
 要するに、私は今、姉が半年前に滅茶苦茶にして真横に倒した亜人課現場保護部隊の立て直しに尽力しているのだ。だから事実上この部隊も、姉から借りているモノである。
 姉さんからの借りモノだが、今は俺が責任を持って指揮しないといけない俺の部隊だ。その部隊の保護官達、最愛の部下である彼ら彼女らに、早急にキツく灸を据えておかねばならなかった。
 ヒュウラを甘やかし過ぎている。ーー

3

 ショットガンの掃除と組み立てと点検を手早く終わらせると、デルタは机の引き出しから通信機と財布とメモ帳と筆記用具を取り出した。ウイスキーの小瓶も並んで仕舞い込んでいたが、酒には手を触れずに引き出しを閉める。
 荷物を全て着ている青い迷彩服のズボンポケットに入れ、ショットガンを紐越しに背負って部屋を出た。擦れ違う部下の保護官達と軽く挨拶し合いながら自室に向かうと、己の部屋なので当然ノックはせずに、赤い長布が腰に結ばれてハロウィン飾りのプラスチック斧が背中に付いている茶色い小さな犬の縫いぐるみが紐でぶら下げられているドアノブを掴んで、扉を開けた。
 デルタの自室に置かれている物の数は少なかった。アルミ製のパイプベッドと机と椅子、机の上にノートパソコンが1台と、酒を注いで飲む用のロックグラスが1個。凝ったデザインをしているデジタル目覚まし時計。それと3つ並んで置かれている写真立てと、床に置いている衣類を入れたアタッシュケースだけしか家具と私物が無かった。
 3枚の写真には別々の存在が写っていた。1枚目には実家の雄の大型犬。2枚目には姉のシルフィの上半身。そして最後の1枚は、新人保護官ミト・ラグナルに撮って貰った、ヒュウラと己のツーショット写真。
 ツーショット写真の相手が、己の足元で床に寝転がって本を読んでいた。デルタは無表情で読書に耽ているヒュウラを凝視すると、”本来”は物が少ない筈の自室に何時の間にか置かれてしまっている、ヒュウラの周りに乱雑した物体の数々を見て大きな溜息を何回も吐いた。
 大量の煎餅の菓子袋、世間で最近話題になっている不思議な形をしたビーズクッション。高級牛肉(生)、高級鶏肉(生)、テレビ番組雑誌、大量の犬用玩具。全て部下の保護官達が、勝手にヒュウラに贈呈した物だった。
(煎餅は、ラグナル保護官が昨日勝手に張った罠の件で1日1枚しか食わせない事にしている)デルタは煎餅袋を早々に回収した。他はワザと放置して、ヒュウラに与える。
 ヒュウラは贈呈品を全部無視して、本1冊だけに意識を集中させていた。
(彼は、このロクでも無い甘やかしによって、大層支部では寛いで過ごしているようだ。高級羽毛布団も保護して直ぐに贈呈されていたが、何故か俺のベッドに掛けてあった、草臥れた支給品のシーツと交換されていた。こいつに俺のシーツを奪われてしまった。仕方が無いので、俺の布団を高級羽毛布団にグレードアップさせている)
 予想外の恩恵品を身体に乗せて、デルタは毎日寝ていたのだった。ふと我に帰って、犬の玩具も全部ゴミ箱に捨てた。
(そもそも何故俺は、こんな物を与えてしまったのだろう。こいつはペットじゃ無い。保護している絶滅危惧種の亜人だ)
 仰向けになって床の上に寝ているヒュウラは、本を天に掲げて、黙々と読んでいた。茶色い手袋を両手に嵌めた亜人が掴んでいる本のタイトルを確認すると、本の表紙に『意外と使える日用品のサバイバル応用術』と世界共通語で書いていた。
(文字がどの程度読めるかは分からないが、人間の道具を拾って活用する癖は、どうやら人間の本から身に付けたらしい)
 ヒュウラが今読んでいる本は保護官からの贈呈品では無く、ヒュウラが一時期(ワザとだったと本人は言ったが)捕まっていた簡易山小屋の電気柵の中に置かれていた物だった。デルタはポケットからメモ帳を取り出して、観察で得たヒュウラの情報を細かくメモした。
 ヒュウラは保護したその日に己から奪い取った、草臥れ支給品シーツを身体に巻き付けている。己のシーツを取り返す事を忘れて、デルタは読書に耽る超希少種の亜人を見守った。
 思考する。ーーこいつは任務に連れて行くと予想外の行動ばかりするが、驚く程賢い手法も取る。馬鹿犬では無い。が、忠犬でも決して無い。未だに殆ど言う事を聞かない。ワザとしているのかと疑うくらいに。ーー
 ヒュウラが本を閉じた。デルタの視線に勘付くと、上半身を起こして本を脇に置く。表情は完全に無だった。胡座を掻いて座りながら、虹彩が金、瞳孔が赤い不思議な目で此方を見つめてくる。
 首を肩に付く程傾けてきたので、デルタは相手が無言で尋ねてきている質問に答えた。
「今日はお前を使う保護任務も、俺が関わる保護任務も無い。非番でな。だからこれから1日掛けて、お前を徹底的に特訓する」