Bounty Dog 【14Days】 46-47

あなたは、どんな命であろうとも”あなた”。

46

『次のニュースです。北東大陸で発生していた連続爆弾テロ殺人事件ですが、犯人は大陸を移動して、中央大陸でも犯行を重ねているとの情報が入りました。犠牲者は述べ千数百人に上っているとみられています。現場近くに住む人は不審人物に警戒して、もし見かけたら警察に連絡をーー』
 ヒュウラは、黙々とテレビの画面を見ていた。『世界生物保護連合』3班・亜人課の支部の中にあるミト・ラグナルの部屋は、女性好みの可愛らしい色と柄をした、ベッドの掛け布団の上にまでスナック菓子とペットボトルが散在している。
 汚部屋の中央で周りの飲食物に一切手を付けずに胡座をかいて座っているヒュウラの背後で、部屋を汚くした張本人の少女が、スナック菓子を抱えて食べながらテレビの画面を見ていた。ブラウン管テレビの画面の奥で、スーツの上に装飾品を付けた飾り鎧を着ている女性ナレーターが真顔で人間のニュースを伝えている。
 顔を無表情にしているヒュウラの手には、ビニールで包装された海苔付き醤油煎餅が一枚だけ握られていた。好物にも手を付けずにテレビの画面を凝視している『亜人』ーー人間のような見た目をしているが、人間では無い生き物ーーに、その存在を保護する少女は手に付いた油菓子のカスを舐め取ってから話し掛けた。

「此れは人間同士の問題だから、あなたには関係無いわ。私達保護組織も対処出来ない。だけどこういうのを知ると、何時も思う。人間ってどうして同じ種を、生きる為に必要が無くても殺したくなるんだろう、殺しちゃうんだろう。不思議よね」
 ヒュウラは返事も反応もせずに、テレビを眺める。煌々と光を放ちながら人間と景色を映し出している画面の中で、スーツの女は景色に変わった。炎と黒煙を噴き出している瓦礫と化した人間の街が、左端から右端へ流れていく。
 画面に人間の焼け焦げた死体が幾つか見えた気がした。ミトは瞬きを数回してから、溜息を吐いた。
「御免。ちょっとコレはあなたに見せられない」
 ミトはヒュウラの足元に置かれているリモコンを掴んでテレビを消す。床に置くと、無表情で床のリモコンを掴んだヒュウラが、電源ボタンを押してテレビを付け直した。 
 画面が黒から再び街の風景になると、茶色い手袋を付けた指が電源ボタンを穿り出してリモコンから外す。本体を床に置いてボタンを手の中に握り、電源の権利を守り始める。
 ミトの方に顔を向けてきた青年は、虹彩が金、瞳孔が赤色の不思議な目をやや釣り上げて、微々たる睨み顔をする。ミトは少し驚いてから可笑しそうにクスクス笑うと、床に置かれた電源ボタンの無いリモコンを掴んで、ヒュウラの前に差し出した。
「ヒュウラ。リモコンって電源だけ付けられるんじゃ無いのよ。このリモコンに並んでいる小さなボタンを押せば、テレビの画面が変わるの。人も景色も変わるの、一瞬で変わるわよ。ホラ」
 ミトは適当にチャンネル切り替えボタンを押す。画面がコロコロ変わると、ヒュウラはミトの顔を見た。目が見開かれている。
 驚いている事が明らかに分かる表情をしている亜人に、ミトは再度可笑しそうに笑う。茶色い手袋を付けた相手の手の隙間に指を入れて電源ボタンを取り返すと、リモコンに装着してから続けて話し掛けた。
「何故画面が変わるのか、教えるわね。それはね、深い、とんでも無く深い闇なの、テレビって。視聴率という絶対的ノルマを一定数以上獲得しなければ、画面に写っている彼らは漏れなく消されてしまうの、テレビの神に」
 ヒュウラは無表情に戻って、首を傾げる。ミトは続ける。
「テレビを見る人間達を寄せ付けられない、集められない、数字を稼げない役立たず共に、テレビの世界で生きる資格なぞ無い。画面から消された役立たず共は、神に100烈往復ビンタをされた後、テレビの裏にある冷たい冬のような寒さの衣装部屋という地獄に押し込められ、神に認められし画面に映れる者達の使う、大道具小道具という武器と防具に、そして食べ物飲み物あらゆる物に強力な毒と罠を仕込むの。彼らを漏れなくこの世から消し去って自分が乗り変わる為に。これは戦争よ、誰もが全員敵でしか無い、醜いテレビの戦争よ」
 ヒュウラの傾けた首の角度がほぼ90度になる。リモコンを見つめて、テレビの画面を見つめて、リモコンを一瞥して、ミトを見る。目がやや釣り上がると、ミトは話を畳んだ。
「彼らが信じるのはテレビの神だけ。神は絶対的存在。時々、神を崇める為、彼らは皆んなで神輿を担ぐ。わっしょいワッショイ神輿を担ぎながら、狂ったように神を崇めて、神輿を放り投げて、そしてヒュウラ。何処から嘘だと勘付いた?答えは全部よ」
 ミトの腰ポケットに入れている通信機が激しく震え出す。ポケットから取り出して応答すると、リモコンの電源ボタンを押してテレビを消し、リモコンをポケットに入れた。
「集会だわ、あなたも来て。保護官は全員徴収だから、保護している絶滅危惧種のあなたを放置する訳にはいかないのよ」

47

 『世界生物保護連合』3班・亜人課の支部の中央部にある大広間に、ミト以外の所属保護官が全員集合していた。規則正しく縦横に列を組んで並んでいる。前方に設置された壇上に、班長のデルタ・コルクラートが立っている。仁王立ちをして腕を組み、部下の列と向かい合わせになって、銀縁の眼鏡を掛けた目を険しく釣り上げている。
 ヒュウラを連れて入室したミトは、広間の端まで歩いていくとレジャーシートに座布団が置かれた一角にヒュウラを座らせる。簡易な保護希少種待機スペースで胡座をかいたヒュウラは無表情の顔でミトを見つめると、ミトは肩に手を置いて語り掛けた。
「ヒュウラは此処で待っていて。終わったら迎えに来るから」
 離れようとしたミトの手をヒュウラが掴んでくる。引き寄せられると、やや釣り上がった金と赤の瞳が超近距離で顔を覗き込んできた。
 目を見開いたミトは、緊張しながら口を開く。
「何?どうしたの?」
 ヒュウラは答えた。
「ミト、テレビの神とは何だ?」
(ヒュウラ、何で信じちゃったの?)
 眉をハの字にした保護官は、保護希少種の手を解く。離れようとしたミトに、目の角度を変えずにヒュウラは更に言う。
「神輿とは」
「お願い、辞めて欲しい。私が悪かったわ」
 鋭い視線を感じてミトが壇上に振り向くと、デルタが此方を見ていた。組んでいる腕の先の手が通信機を掴んでいる。ヒュウラの首輪越しに会話が聞こえているのだろうか、ヒュウラとテレビを見ている時から会話を聞いていたのか、鬼の形相で睨んできている。
 上司に心の中で延々と謝罪をしながら、ミトはヒュウラからそそくさと離れて黒髪を二つ括りにした女性の横に立つ。通信機を取り出して耳に当てた姿勢で壇上のデルタを見つめると、始められた集会に聴き入った。

 デルタはマイクを掴んで機械の電源を入れる。背後に垂れ下げられた巨大な白い布が壇上の端に置かれたプロジェクターからの光を受けて映像を映し出すと、幾秒のハウリングが起きてから、デルタが声を張り上げた。
「これより『世界生物保護連合』3班・亜人課の定時集会を始める!初めに、今月の保護の成果を発表する!画面に注目してくれ!!Bランク『要保護種』4種10体、Aランク『希少種』5種8体」
 プロジェクターの画面が次々と切り替わる。保護した亜人の種族名と登録写真が映し出される。『A』と書いた木の板を胸に掲げる亜人達に、ヒュウラが保護した兎の兄妹と鼬の青年の姿もあった。最後に写されたのは、ヒュウラ自身だった。無表情の顔を正面に向けて、『S』と書いた木の板を持っている。
 デルタは部屋の隅に座っている本人を一瞥してから、部下の列に向かって声を上げた。
「Sランク『超希少種』1種1体。先ず先ずの成果だ、皆良く頑張ってくれた!私情で大変申し訳無いが、8日前から特殊的に、希少種を用いた希少種の保護任務を実験的に行なっている!既知してくれていると思うが、其処にいる特別保護官のヒュウラはSランク『超希少種』の絶滅危惧種だという事だけは、絶対に忘れるな!喪失”ロスト”させないように、引き続き班全体で保護を徹底してくれ!!」
 ミトが耳に当てている通信機が震える。側面に付いているボタンを押すと、機械の中からヒュウラの声が話し掛けてきた。
『ロストとは何だ?』
「私達の組織が使っている用語の1つよ。喪失。要するに、死なせてしまう事」
 顔は正面を向いたまま、目だけを横に向ける。首輪の背面に右手を回しているヒュウラが、仏頂面で此方を凝視している。小さく頷いてからミトは目線を正面に戻すと、通信機の通話を切った。心の中で決意する。
(ヒュウラ、保護出来たあなたの安全は保証する。これからも保護する、絶対に喪失”ロスト”なんてさせないから)
 デルタはマイクを掴んでいる方と逆の手で布を後ろ手に強打する。揺れ動いた白い布にプロジェクターが組織の紋章を大きく映し出すと、一斉に敬礼をする部下達に向かって班長は怒鳴った。
「忘れるな!この組織に入る時に誓った言葉を!ローグのようにはしない!ローグのようにはさせない!この世界の絶滅危惧種を保護する!これはローグへの贖罪!!」
「YES、リーダー!これはローグへの贖罪!肝に銘じております!!」
 ミトを含めた、人間の保護官全員が声を揃えて返事する。
「そして全ての絶滅危惧種への贖罪だ!我々の闘う敵は、保護種では無い!人間だ!!」
 デルタはマイクを口に近付けたまま、左手で敬礼する。威圧的な静寂に包まれた空間で、1人取り残されているように座っているヒュウラの顔に付いたパーツは、どれも微塵も動かなかった。
 プロジェクターが消されて、画面が白い布に戻る。手を下ろしたデルタは顔を伏せて小さく咳払いをすると、部下達に休めのポーズを取るよう指示をした。ミトを含めた全員が揃って応じる。
 漏れなく命令に従った部下達に、デルタは微笑み顔を見せてから、直ぐに表情を戻した。マイク越しに指示を伝えた。
「これで集会を終わる。早速だが今から任務だ、切り札(カード)を使う。保護対象(ターゲット)及び場所などの情報は追って伝える。作戦部隊は各自準備を整えて、支部の外の広場に集合してくれ。準備時間を20分与える」

 3班支部建物の入り口から伸びている野道を歩いて程無く辿り着ける小さな広場に、ミトは立っていた。集会が解散してから10分も経たずに準備を整えた。長いミルクティーベージュ色の髪の一部を挟んで、ドラム型弾倉のサブマシンガンに結び付けている紐が肩に食い込む。
 額に巻いた青いバンダナの上にパイロット用のゴーグルを掛け、カーキ色の迷彩服の胸部に白金の短い鎧を付けている。ヒュウラは巨大な片手斧を背負って、デルタの横に立っていた。デルタは振り向くと、ヒュウラの首を覆う機械の輪に手を掛けて異常が無いか確認する。
 無表情でされるがままになっている特別保護官兼超希少絶滅危惧種に、ミトは若干の不安を感じるが、掴んだ通信機の具合を確認した後にヒュウラの頭を撫でた、上司の慈愛に満ちた目と顔を見て安堵を覚える。
 ヒュウラの準備を万全にしたデルタは、横に列を為して並ぶ作戦メンバーの部下達と向き合うと、指示を与えようと口を開く、
 と共に、横に立っているヒュウラが質問してきた。
「デルタ、ローグとは何だ?」
 片眉を上げて振り向いたデルタに、ヒュウラは無表情のまま口だけを動かす。
「捕まえるのか?」
 デルタは答えた。
「いや、今回の任務は別の亜人だ。それに、そもそもローグは保護する必要はない。もう保護が出来ない。ローグはLランクだ」
「リーダー、無知で大変申し訳ありません。Lランクとは何でしょう?初めて聞きましたが」
 ミトが会話に混ざってくる。真顔で凝視してくる部下と保護種をデルタはそれぞれ一瞥すると、小さな溜息を吐いてから、質問に答えた。
「Lは喪失(ロスト)のL。Lランクとは『絶滅種』。この世にもう1体もいない、死に絶えた種の事だ」

 任務の内容を部隊に伝え、保護対象の生息地へ向かう為に輸送機へと移動を始めたデルタに、ヒュウラとミトが並んで付いていく。白銀のショットガンを背負ったデルタが首だけを背後に振り向かせると、先程行った説明の続きを始めた。
「絶滅した亜人種『ローグ』は、この組織が出来るキッカケになった亜人でな。黒い獣のような耳と雪のように白い肌、銀色の癖の無い直毛の髪を持つ見た目だったが、最大の特徴は目の構造だったそうだ。変幻自在に目の色を変えて我々人間が見えない物質を見る事が出来る、彼らだけが扱えた能力は、正しく我々にとっては奇跡で魔法だった」
 正面に向き直ったデルタは、淡い日の光が照らす丘の野道と青い空を見ながら物思いに耽る。
「『原子操作術』という名の特殊な術式を用いる技術で、今でも世界中の学者や科学者が血眼になって研究をしているらしい。何処かの大陸にある大学の教授が、極一部の術式だが解明と再現に成功したそうだが」
「ローグは、何故絶滅したのですか?」
 上司の背中を見つめながら、ミトは真顔で質問する。再び首だけで振り返ったデルタは眉を寄せると、無表情でミトを眺めているヒュウラを一瞥してから応えた。
「彼らは日々の生活で能力を必要最低限だけ使っていた。力を元から持つ生き物というのは、例外なく皆そういう風に謙虚に生きている。だが力を持たぬ人間は、自然が彼らだけに与えていた力を無理矢理奪い、自分達だけの莫大な利益にしようとした。それだけ伝えたら理解してくれる筈だ。この組織が背負っている、余りに大きな人間の罪を」
 涙目になった保護官の少女に微笑み顔を返して、デルタは正面を向き、歩く速度を緩めた。デルタを先にして三角形に組まれていた陣は、逆三角形に変わってヒュウラとミトが先行する形になる。
 2人の保護者のように背後を歩き出したデルタは、前方に向かって口を開いた。
「後、3班が使っている保護種の区分にはもう1つランクがあってな。こちらもある意味では早急な対応が求められているが……。3班では処理が非常にデリケートである故に、特に新人には任せはしないが」
 デルタは目を瞑り、短い鼻息を吹いてから目を開けて釣らせる。
「ランクの区分はLの『絶滅種』を除いて、生息数の希少順にS、 AからE。そして最低ランクに『G』がある。我々はこのランクを『超過剰種』と呼んでいる」