Bounty Dog 【アグダード戦争】262-263

262

 イシュダヌの『獅子中の虫』は、シルフィ・コルクラートから教えられた保護組織の現場部隊がする独自の任務方法を、頭の中で何度もシミュレーションした。彼女達の所属している組織が使う独自表現である誘導”ナビゲーション”や対象”ターゲット”等の言葉は「世界共通語』として広まっている北東大陸の言語を捩っているモノなので、北東大陸が故郷である彼はすんなり意味を理解する事が出来た。
 『世界生物保護連合』専用通信機器の液晶画面に表示されている、黒塗りの背景に黄緑色の図形が乗った麻薬奴隷商会本部の見取り図を見つめる。地図は全部で10枚あり、液晶画面を直接指で押せば簡単に切り替えられた。今から数百年前に北東大陸のIT会社の経営者兼機械デザイナーが発明した事をキッカケに世に出て多くの模倣品も生まれ、世界中の人間達の殆どが連絡から娯楽まで幅広い目的で使っていたらしいこの機械は、普及して直ぐの時期から徐々に人的な問題が発生していき、ある時に”民間人達が無意識に起こし、起こした人間達を含めて全ての人間が結果的に1人残らず滅ぶ過去に見ない新たな戦争への導き”だと世界中の国家機関が脅威と認識する程の”人間らしい”悍ましい数々の事件が雪崩のような数で急激に起こった為、数十年前から民間人は通信機の所持を麻薬のように全面禁止され、履歴が一切残らない通話のみの機能しか無い携帯機械なら辛うじて持つ事は許されてはいるものの、国家で記録を全て監視している諜報機関等の特殊組織の人間か、シルフィやミトのような国際組織の人間達しか機能付きの通信小型機械は所持する事が世界的に許されなくなっていた。
 パソコンもこの世界では、ワザと世界中の国が法律で決めて退化させた為、民間人は基本的にメールとメモ帳しか扱う事が”本来は”許されない。阿片の花と同様に、機械そのものには何の罪も無い。利用する人間達によって悍ましい存在に変貌させられてしまった哀れな道具でもあるこの通信用小型機械は、全面禁止された頃よりも更に内部の部品や性能が洗練されているが、保護組織の機械も通話と地図表示と発信機を付けている生き物の生体データ表示等のシンプルな機能だけしか使えないよう、ワザと機能を退化させられている。だが地図は液状画面上で指をスライドさせれば、幾らでも動かす事が出来た。
 イシュダヌはファヴィヴァバと違い、3勢力の友好の証として送り合うプレゼントとしてカスタバラクが別の勢力に贈呈していた、アグダード外から内部へ飛ばす通信を妨害する特殊電波を一切張っていない。ファヴィヴァバが宥めている状態でイシュダヌとカスタバラクはお互い蔑み合って戦争したがっていた事は全く関係無く、カスタバラク少佐が軍人なのに何故か知っていた、スパイがするような通信妨害技術の伝授をイシュダヌは断固として拒否していた事を、イシュダヌの後継候補にされている彼は勿論知っていた。理由も勿論知っている。ーーこの勢力が強固で居続ける為には、アグダードの外から通信を使って兵力を補充し続ける必要があるから。ーー
 彼は今から数十分前まで居た飛行場で行われた最終作戦会議で、其れを”噂”では無く確実な情報として革命部隊と保護組織部隊2名両方に伝えていた。保護組織部隊のシルフィは情報を聞くなり”待ってたわ”と言いたげに不敵な笑みをすると、被った布の目元から飛び出ている銀縁眼鏡のブリッジを指で押さえながら、この通信機械を投げ渡してきて、使い方を手早く教えてきた。
 今、イマームはシルフィの通信機に写っている画面を凝視している。見ている場所は、己らが居る建物外の小山の上だった。小山を示す黄緑色の湾曲した小さな図形の中央に『F24』と書かれている。黄色と緑の点が並ぶようにその奥に表示されていた。
 ミト・ラグナルを後衛”サポーター”にして2人チームで別ルートで掃除任務を行う、前攻”アタッカー”を担当する副隊長にも、シルフィを後衛に引き連れて先攻をする軍曹と同じように、左手首にブレスレット型の発信機が付けられていた。
 シルフィは、知り合いである9班『民族文化課』情報部隊員セグルメントに、軍曹のブレスレット型発信機の修理と改造をする連絡をした時に、ついでに予備の発信機も1つ捕獲済亜人用発信機を材料に、教えて貰いながら作っていた。予備の発信機作りは『またお前の相方が壊した時に直ぐ交換出来るように』と相手から受けた提案だったが、彼女は使い方を全く別のモノに変えていた。
 黄色の点は軍曹、新しく作った2台目のブレスレット型発信機が出す緑の点は、副隊長を示していた。イマームが見取り図の画面を『イシュダヌ城』に戻してから数回操作すると、広大な施設を示す薄い黄緑色の図形の中で、赤い点が高速で奇怪に動いていた。
 赤い点の主は、己達の為に”羽虫”になって今施設で暴れている”彼”であると、シルフィとミト両方の保護官に教えられた。「お願いになるけど、この馬鹿犬の赤も頻繁に動きを見ていて。逐一あの子の情報も私に頂戴」とシルフィに指示されると、イマームが首を大きく縦に振って、イシュダヌ軍の通信機以外を布の中に入れた。

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