Bounty Dog 【清稜風月】53-54

53

 今日の日雨は変だった。味覚が可笑しくなっていた事もあったが、痩せているのに飯を多量に食べ、間食も多めに食べ、座ったまま頻繁にうたた寝もしていた。
 今日は睦月の指示で”麗音蜻蛉・狩猟情報漏洩犯”兼”『黒い本』を国の指導者等に送付した謎の人間”探しは中止した。変になっている虫の亜人の護衛を、彼女の幼馴染の人間と一緒にする事になる。ヒュウラは指示された時に何の感情も抱かなかった。日雨の護衛は、シルフィ・コルクラートから元々指示されている任務だからだった。

 今日の日雨は変だったが、日雨に脅威は終日訪れなかった。午前中から頻繁にうたた寝をするので、正午を過ぎた頃に睦月が日雨を寝室に連れて行って、畳に敷かれている桃色の千鳥柄が描かれた布団に寝かせた。
 日雨が連れて行かれる時にヒュウラは襖が開けられた彼女の寝室を初めて見た。が、今朝己への悪戯に使われた亡霊和服女人形と鞠が独楽(こま)や花札の束と一緒に小山になって壁際に置かれていたのが見えた瞬間に、お化けが怖い狼は虫の部屋から目を逸らした。
 ヒュウラにも脅威が何も起きないまま、平和に夕方になって、夜になった。半日近く食っては寝てばかりしていた雌体の虫の亜人は、夜になって突然生き返ったように元気になった。
 寝室から勢い良く襖を開けて出てきた日雨は、睦月の叱咤を無視して炊事場に行って料理を作った。人間の食事を作る事が好きな虫の亜人が作った今宵の夕食(ゆうげ)は、抹茶塩が添えられたタラの芽と蕨(わらび)とタケノコとキノコの天麩羅。加えて炊いた白飯と、朝作った煮豆と味噌汁に具と湯を加えて煮直して味を調整したものが添えられていた。
 夕飯は味に異常は無かった。日雨は「大成功」だと大喜びしながら、しこたま己が作った料理を食べる。食べる量がやはり異常に多かった。ヒュウラの隣に座って同じ料理を適量で食べていた睦月が、白飯以外は失敗のしようが無い超シンプル調理品を食べているヒュウラに小声で伝えてくる。
「暫くは多めにご飯を食べると思うよ。アレは女性特有の現象らしくて別に変じゃ無いから、気にしなくて良い」
「御意」
 ヒュウラは内心『何とも思わない』状態だったが、一応了承の方の口癖で睦月に返事をした。どうやら亜人で人間では無い筈なのに、人間の女に起こるらしい可笑しな現象が日雨にも起こっているらしい。
 相棒のリングは何時も良く食う食いしん坊なだけの雌猫だが、日雨に関してはこれまで食事量が少食気味だったので、何故今日になって唐突に多量に食べるようになっているのか、ヒュウラは理由が全然分からなかった。唯、全く違うもので日雨にどうしても言いたくて堪らない事が1つあった。
 日雨が食事を終えた頃合いを見て、お化け嫌いの狼は悪戯好きの虫に口だけを動かして指示をする。
「小さい人間を全部焼き殺せ」
「お人形?承知しましたー」
 虫女は満面の笑顔になって言葉を返してきた。だが隣に座っている睦月が日雨を見ながら苦笑していたので、狼は虫が笑いながら嘘を吐いてきたと直ぐに勘付いた。

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 この日も日雨は、夕食の後の甘味堪能の時間が終わってからヒュウラを縁側に連れて行って『外の世界の話をしろ』とせがんできた。同伴した睦月が「もうネタが無いと思う」とフォローしてくれても、虫女は何でも良いから話をしろと狼に我儘を言ってきた。
 普段は寡黙になりたがる狼の亜人は、虫女の我儘によってこの時間だけは良く喋っていた。睦月のフォロー通り、14日連続で喋っていたので、もう粗方己の事は伝え尽くして話題が枯渇していた。
 何も喋らないので触覚でバンバン狼の顔を叩いて怒り始めた我儘虫女に、睦月が狼への助け舟を出してくる。コレまで探し続けている”麗音蜻蛉狩り情報提供者”兼”帝家2族への『黒い本』の送付者”の捜索状況について日雨に教えると、日雨はヒュウラへの八つ当たりを辞めて”むっちゃん”の話に耳を傾けた。
 13日前にヒュウラと睦月が出会った2人の櫻國指導者の話を聞くなり、日雨は撫子色の可愛らしい目をキラキラ輝かせた。”古の保守派”甘夏・カンバヤシと”再西洋化派”槭樹・イヌナキには、あの日以降、何方とも再会していない。

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