Bounty Dog 【14Days】 0

 『人』が思う全てが、『人』の我慾(エゴ)。

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 摩天楼。近代から現在において、人間達が作り出した『異物』の束。華やかで美しく、不気味で悍ましい鉄と石と硝子の巨塊達は、規則正しく、そして競い合うように大地の上に建ち並べられている。
 夜闇を照らす太陽変わりのネオンの光が、都市全体を包み込んでいる。中央に立つ巨大なホテルからは白昼のように煌びやかな光が放たれており、黄金と白金が覆う壁の中は、資格のある『人間』のみ侵入が許される異質な空間が広がっている。
 真赤の布が四方を包む地下の大広間に金が舞う。「エード」と称される紙幣をチリ紙のように放り投げる人々が見つめる先には、木槌を持った男の背後にアラビア数字が並ぶ巨大なモニターが設置されており、そして金の台座に乗った1本の象の牙が、漂白したような不気味な白さを放っていた。
「次の商品は、こちら!世界一危険な紛争地帯に生息する絶滅危惧種「アグダードエレファント」の象牙です。当社の特別ルートで仕入れた非常に貴重かつ完璧な加工を施した逸品です!500万エードから入札を始めます。挙手をどうぞ!」
「出ました、3000万エード!他に挙手はございませんか?」
「4500万エード!未だ出せるか?」
「6000万!6000万エード!落札です!」
 テーブルを叩く木槌の打音と、参加する富豪達の歓声が混じり合う。割れるような拍手を浴びながら亡骸の一部が舞台から消えると、静寂を促した司会の男が木槌を打ちながら声を張り上げた。
「続いての商品は、これまた希少な逸品です!当社独自ルートで、何と生きたまま仕入れました!大小各個体で入札受付です!1000万エードから挙手を」
「モノは何処だ?何処にも無いぞ」
 葉巻を咥えた小太りの男が指さす先で、スポットライトが空っぽの舞台を照らしている。少しの騒めきと嘲笑が会場を覆うと、司会の男は舞台裏からスーツ姿の人間達を呼び出した。

 ニットの帽子を被った少年と少女が、暗がりの通路を走る。スラムの地下街のような汚らしい道は、貧相な証明の光と鼻をつんざく悪臭に覆われており、洗っていない薄汚れたシーツの山が障害物のようにカートに入って放置されている。
 薄い壁の裏側にある、豪華なホテルの通路を何人ものスーツ姿の男女が走り回っている。手にはサブマシンガンが握られており、耳に付けた通信機でしきりに連絡を取り合う男の背後を1つの影が移動すると、気配を察知出来なかった男は耳たぶを指で挟みながら声を荒げた。
「未だ見つからないのか!?『商品』は逃げたのか!?」
『ホテルの外に出られる筈はありません。恐らく、このフロアの何処かです』
「貴重な逸品!しかも2体だぞ!何としてでも競りが終わる前に捕まえろ!傷付けずに生捕りにするんだ!」
 影が、右往左往する人間達の死角を移動していく。
 幼い7歳程の少女の手を引いて、12歳程の少年が息を荒げながら汚れた道を走り続ける。生暖かい空気に肌から滲み出る汗に噴き出る汗が混じり合うと、程なく転倒しかけた少女を担いで、ランドリーカートの中に潜り込む。
 シーツに包まりながら、少年は少女に口に指を添えて沈黙するよう指示すると、布の隙間から穴が空いた壁を覗く。穴の奥に広がる豪華なホテルの廊下で、大勢の人間達が走り回っていたが、暫くすると徐々に数が少なくなり、やがて気配がしなくなる。
 目に涙を浮かべながら顔を眺めてくる少女の頭部は、被っているニットの帽子がズレて茶色い毛の塊が飛び出ている。少年は身なりを整えて毛を帽子の中に仕舞ってやると、壁の穴を再び覗いて廊下が無人である事を確信する。お互いの顔を見ながら首を縦に振り、シーツから勢い良く飛び出ると、
 側面に巨大なコンクリート片がぶつけられた。

 風圧に吹き飛ばされて2人は倒れる。大穴が空いた壁から人影が汚れた床に足を付けると、カーキグリーンのブーツを履いた右足を高々と上げて、横倒しになったランドリーカートを踏み付ける。
 粘土のように軽々とひしゃげた鉄塊が蹴り飛ばされて遠くの壁にぶつけられる。怯える2人の前で漏れる光の中に移動した影は、徐々に黒から鮮明になって姿を表した。
 10代後半から20代前半程の男が無表情で立っている。黄色みを帯びた肌をしており、やや暗い茶色の短いざんばら髪は、所々が長いまま雑に切られている。首に赤い刺繍入りのスカーフを巻き、ライダースーツのような黒い服の腰にも赤い布を巻いている。左肩と右二の腕にデザインの異なる肩当てが付いた白金の鎧を身に付けていて、茶色い手袋を付けた両手を太ももの横に付けている。
 目にサングラスを掛けており、背よりも巨大な片手斧を背負っている。若者達は異様な容姿に恐怖を感じるが、幼さが残る顔と何処と無く漂うあどけなさに、不思議な安堵感を覚えた。
「あなた、誰?『人間』?」
「……」
「お願い!ここから、あいつらから助けて!」
 声を張り上げた少女に慌てて沈黙を指示した少年は、大穴が空いた壁の先の廊下を凝視する。無数の騒めき声と足音が聞こえてくる中、青年が腰にしがみ付いている少女を一瞥して近付いてくると、
 少年は両手を合わせて懇願した。
「あなたが誰かは知らないけど、頼みます、助けて欲しい」
「……」
「ボク達を、此処から出して!見つかったら売……ウッ!!」
 顔を鷲掴みにされて加えられた腹部への殴打に、SOSが強制終了させられる。鳩尾を抑えながら気絶した少年を肩に担いだ青年が無表情で前進を始めたので、腰に絡みついている少女が悲鳴を上げたが、空いた側の肩に自身も無理矢理担がれる形で、抵抗は拘束で防止させられた。
 豪華な通路に出て、全速力で駆けていく。
「誰かー!こいつから助けてー!!」
 金切声を上げる少女の抵抗を片腕で押さえ付けたまま、眉1つ動かさない青年は、2人分の体重の負荷を感じさせない軽やかな走行を続ける。悲鳴に反応したスーツ姿の男が無線機で聚合の要請を行うと、背後から銃を持った大勢の人間達が迫ってきた。
「脱走したと思っていたが、泥棒だったか!撃て!あいつを撃ち殺せ!!」
 束のように突き出されたサブマシンガンの銃口から、一斉に弾丸が吐き出される。青年は足を止めずに腰を屈めると、背負っている巨大な斧の刃の内側に3人の身体が収まる格好で、速度を上げて疾走する。
 鉄の武器が盾となって鉛の雨を弾き返す。細かい衝撃を受けてサングラスが徐々に顔から外れると、瞳孔が赤く虹彩は金色の不思議な色をした両目が露わとなった。
『B74-2AからB82-2A-R。ヒュウラ、この先で待機を指示する』
 首に巻かれたスカーフの中から若い男の声が聞こえる。顔色ひとつ変えずに青年は目の前を塞ぐステンドグラス付きの扉を突き破ると、暴れ回される少女の手が、スカーフを掴んで引き剥がす。
 アンテナが1本立った機械式の首輪が現れると、側面に彫られたスピーカーから声が発せられる。若い男が出す言葉は落ち着いているように聞こえるが、青年は一方的な話し掛けを無視して、豪華なカーペットが敷かれた階段を登る。
 2枚目の扉を体当たりで壊して、屋上に足を踏み込む。七色の光に覆われる洒落たプール付きのテラスを立ち止まる事なく直進する青年の背後で、追跡する黒ずくめの人間達が一斉に銃撃を開始する。
 華奢な背中に掛けられた鋼の巨斧が、持ち主と拘束者達を銃弾から守る。右肩につの字になっていた少年が意識を取り戻すと、ひたすらに直進を続ける青年達の見る景色が徐々に変わっていった。
 冷たい独特の風が吹く遥か先に、隣のビルの壁が見える。その間には大口を開けた大穴のように深い闇が広がっており、遥か下の地上に置かれている全ての照明の光が、胡麻のように小さく微かに照っている。
 床の端に、柵は設けられていない。  
『其処で待機だ。聞こえているか、ヒュウラ』
「え、ちょっとあんた何で?!それは本当にやめたほうが……やめて!お願いだからやめ……!!」
「嫌ああああああああああ!!」
 迫ってくる群衆が事態に気付いて立ち止まる。表情が無い青年は機械のように暴れる2人を腕で押さえ付けながら速度を落とさず直進すると、
 82階建てホテルの最上から飛び降りた。


 上空は見事な星の海である。何千光年も離れた遥か遠くの宇宙に浮かぶ恒星の粒は、きっとその1つ1つの周りにも多くの星が回っていて、自分の居るこの惑星のように数多の生き物が暮らしているのだろうとロマンチックな想像をしてしまう程に絶景であるが、じっくりと眺める余裕が今は無い。
 重力が落ちていく全てを地面に向かって強力に引き寄せる。青年の腕にしがみ付いた少年と少女が真下に敷き詰められているアスファルトを見てしまう度に、その硬い地面に叩きつけられて潰れたトマトみたいになった自分自身を想像する。
 数ヤード先に隣のビルの屋上が見えたので着地してくれる事を期待するが、自分達を拘束している者は飛距離を上げる様子が無く、そのまま落ちていく。死への強制ダイブによる絶望で抵抗を完全に辞めた2人を担ぎながら、青年は流れていく壁に近付いて背が向くように方向転換をすると、
 足の裏を壁に付け、膝を曲げてから飛び跳ねた。
 バネのように勢いが付いた身体が斜め下へと高速で移動する。身を翻し、向かいの建物の壁で同じような動作を繰り返す度に、衝撃を受けた鉄板が壊れて、土煙が宙を舞い、岩の欠片達が降り注ぐ。人間技を超えている高層建築物間の壁キックは、途中で渡り廊下らしき建物の屋根を突き破り、内部に植った木々をジグザグに蹴り折ってから、両足で着地して終了した。
『A22-1A-P、チャージ』
 首輪から発せられる男の声が、音程を低くして一言発する。降り立った場所は中庭らしき空間であり、手入れされた背の低い芝が床を覆っており、折られずに無事だった独特の形状をした樹木の幹に、”櫻國・タソガレマツ”と共通言語で書かれたネームプレートが結ばれている。
 死人のように顔面が蒼白している少年と少女を片腕ずつで担いだまま、青年は周囲を見回してから上を眺める。自らが破壊して大穴を開けた天井から漏れる数多の星と月の明かりが、硝子の一枚窓に覆われた人口の林を幻想的に照らすと、
 地響きと足音の大合唱とともに、人間達が雪崩れ込んできた。

 黒いスーツの上に鎧を着て武装を施した集団が、手に掴んだサブマシンガンを一斉に向ける。数多の銃口の隙間から黄土色のスーツを着た背の低い男が身を乗り出してくると、赤子が入っていそうな太鼓腹を摩りながら、隣の男に話し掛ける。
 二言三言会話をして、男は手入れを施した髭を蓄えている丸顔を歪ませると、燻げに青年を見つめる。細い腕に拘束されたニット帽の少年と少女がその場から逃れようと抵抗を始めると、乾いた笑いをした男は悪趣味な柄のネクタイを直しながら声を上げた。
「ハッ!時間が掛かり過ぎるから見に来たら、泥棒は大した事無い若造じゃないか!何をグズグズしている。さっさと始末して商品を取り戻せ!」
「いや、でもオーナー。あいつ屋上から此処まで落ちてきたのに、あの通り無傷で……」
『50』
 首輪から若い男が言葉を発する。仏頂面をしたままの青年は周りに視線を巡らせると、四面をぐるりと覆う硝子窓の一角を凝視する。
 ポカポカ頭を殴ってくる少女の攻撃で、首輪に付いたアンテナが小刻みに揺れる。歩み始めた青年に容赦なく降り注がれる銃弾は、持主を守る背中の巨斧に針穴すら開けることが出来ない。2つの襲撃を完全に無視したまま硝子窓の側で立ち止まった青年は、両肩に乗せている2つの命を交互に見てから、右足を上げて力の限り窓を蹴る。
 強化硝子が飴細工が破られるように粉々に大破すると、目を丸くした群衆の視線を浴びながら外を見る。幾百メートル先の地上を闇が覆っている死への空間を、吸い込まれるように暫く見つめると、
 片手ずつで少年と少女の後ろ首を掴み、その中に放り投げた。

「え?ええええええええ?!」
「うわああああああああん!!」
『30』
 叫ばれて徐々に消え去る絶叫と被って、首輪の声は淡々と数字を呟く。パニック状態になったスーツ男達が慌てふためく一方で、肥えたスーツ男は腹に手を当てながら繁々と様子を眺めている。
 冷たい風が吹く外から微かに、小さな音が2回、地上から聞こえてくる。銃を一斉に構えた群勢が睨み目をする中、薄笑いを浮かべた男は手を大きく振って、大袈裟に無念をアピールした。
「オーナー!あいつは今直ぐ射殺します。が、あの斧が邪魔です!それにあの脚!商品も……」
「まあそうだな。だがな、待て。待て待て待て、落ち着いて、あいつの目をよおーく見ろ」
 数多の視線が注がれた事に反応して青年が振り向くと、中央が赤い金の瞳に肥満男の顔が写る。不気味な笑みを浮かべた男は算盤を叩くように指を宙で這わせると、その指で青年の顔を指差して含み笑いを漏らした。 
「フハッ!アレは超稀少宝石『ウルフアイ』。しかも”加工前”、非常に上質だ」
「え?!じゃあ、あいつは……!」
『10』
 首輪から声が数字を呟くと、憤怒から興味に変わった視線が注がれる。軽く瞬きした青年は微かに目尻を釣り上げると、自分への拍手を鳴らし出した男は演説のように説明を続けた。
「何処から一体迷い込み、どうしてこんな事をしたのかは分からんが、失った餓鬼どもより儲かる競りになるのは確実!片目でも5億エードは下らない!!」
「ご、ごおく?!」
『7、6。動くなよ』
 青年は微動だにしない。
「最低価格で、だ!首から下を撃って殺せ!いや、銃は要らん、刃物と薬剤を持って来い!いや、やはり生け捕りにしろ!!素晴らしい、素晴らしい!私は非常に、幸運だ!!」
『4、3』
 群衆が動き出す。二転三転する命令に戸惑いながら、銃を下ろした数多の男女が飛びかかる勢いで突撃しようと身構えると、
 首輪の声が、カウントダウンの終わりを呟いた。
『2、1、0。そうだな、誤り続けている道を正せるお前は、非常に幸運だ」
 肥満男の背後から若い男の声がすると、ショットガンの銃口が弛んだ頸の皮膚に食い込む。柔らかく微笑んだ背の高い白肌の男は20代後半程の見た目で、跳ね癖のある短い群青色の髪に同じ色の迷彩服を着ており、その上から白金の鎧を防弾チョッキのように身に付けている。
 スクエア型の眼鏡を掛けた青い目が瞬時に釣り上がる。武器を持っていない左手を高々と上げると、カーキ色の同じ服を着た武装兵達が突入した。
「世界生物保護連合、3班「亜人課」だ!国際法違反により、お前達を逮捕する!」
 黒い包囲網の外側を覆った緑の包囲網が、瞬く間に形勢を逆転させる。次々と武器を奪われ降伏のポーズを取らされるスーツ姿の兵士達を、青年は無表情で眺めている。
 脂肪を蓄えた皮膚を突いているショットガンに、脂ぎった冷や汗が滴り流れる。唾を飲み込んだ肥満男が懇願しながら両手を徐々に上げ始めると、青髪の男はジャケットから鋼鉄製の手錠を取り出した。
「許してく……れとか、言うと思ったか?リクエストに応えてやったぞ、感謝しろ」
 振り向きざまに歯を見せて笑った肥満男が肘打ちを喰らわすと、割れた窓の外から小型のヘリコプターが姿を現す。青年の真後ろに飛ぶ脱出手段の扉が開いてスーツ姿の兵士がライフルを向けると、
 全力疾走した男が、逆手に掴んだナイフを振り上げた。
「馬鹿め!こういう事態には慣れているのだ。せいぜい爪の甘さを悔め!ハハハハハハハハ……、
 グボア!!」
 仁王立ちをしたままの青年は、右手に掴んだ巨斧で奇襲者を横殴りする。頬を床に擦って転がりながら縁に頭を突き出して停止した男は、歩いてきた相手に脇腹を蹴られて仰向けにされると、首元に刃を当てられた。
 目の前にはギロチン、後頭部から下は底無しの穴。
 見つめてくる処刑人から感情が読み取れない。
 ライフル銃の引き金に指を掛けた兵士の喉に、ショットガンの弾が穴を開ける。青髪の男が人差し指を手前に振るのに合わせて、兵士が放った銃撃が脱出手段を破壊すると、
 ゆっくりと肥満男に近付いてから、脂汗に塗れた手からナイフを蹴飛ばして手錠を掛けた。
「自分への忠告ご苦労。こちら、デルタ・コルクラート保護官、現場の鎮圧は完了した。ターゲットは確認中、護送の手配を願う」

 時折される罵声と抵抗を難なく圧して、広場は徐々に静寂に変わっていく。燻げに一点を見るデルタの目線の先にいる青年は、斧を背負い直して窓の外を眺めている。
 対象から視線を外し、無線機を耳と肩で挟みながら豪快に割れ折られた木々からネームプレートを取り、床にばら撒かれている木の実を拾って袋に纏める。背後に立っている武装兵の1人に後ろ手に投げ渡してから、すれ違おうとする別の兵を呼び止めると、
 耳を押し付けている機械から、活気ある女の声がノイズ混じりに話掛けてきた。
『リーダー!オールグリーン、了解しました!護送の手配もバッチリです!ターゲットは如何でしょうか?』
「未だ確認中だ。それと、勿論”手札(カード)”は無事で……ッ?!」
 横目で見ていた影が動いたので、デルタは胴ごと窓側に振り向く。割れた窓の外に向かって走り出した青年の背を追って腕を伸ばしたが、腰から垂れた長い赤布の端が手の中からすり抜けた。

 地が無い漆黒の空間に、荒れた風が流れる。
 暴れ狂う空気の束を身に受けながら、青年は背後に伸びているビルの壁に足裏を付けて跳ね飛ぶ。2つの建物の壁で交互に同様の技を繰り返すと、舞い上がる砂埃の臭いと触感が、迫る地面の存在を知らせてくる。
 呼吸器から肺に異物が入り込み、吹き付ける空気が喉を圧迫する。窒息しそうな威圧感を纏う闇の中に溶けながら、安定したテンポで下向が続けられていると、
 横並びした掲揚ポールの国旗に身を包まれた。
 飛翔と視覚を阻害されてバランスを崩した青年は、足を振り上げた状態で背中から垂直に落ちていく。永遠のような一瞬の時間で、僅かに目を見開いた青年は身を投げ出すように大の字になると、
 蜘蛛の巣のように張られた巨大な網が、受け止めた。
 数回トランポリンのように飛び上がってから、仰向けになって網の上で静止する。汗で湿った前髪が張り付く顔で見上げた天は、捻じ曲がった2本のビルの間の遥か遠くで、幾百の光の粒が模様のように空に敷き詰まっている。
 感情の露呈無く淡々と景色を眺めていた青年が、目を見開く。揺れ動いている首輪に右手を添えると、頸の部分にある3つ並んだボタンの真ん中を押した。
『ヒュウラ、お疲れ様。聞こえてる?』
 音程が高い、若い女の落ち着いた声が話し掛けてくる。ヒュウラと呼ばれた青年は、仏頂面で首を縦に振るだけの返事をすると、空気で察知したのか相手は小さな溜息を吐いてから、暫くの間を空けた後に口を開いた。
『ランクA『希少種』。兎耳族(とみみぞく)の2人は?』
 機械を耳に当てたまま、ヒュウラは上半身を起き上がらせて辺りを観察する。静寂から徐々に啜り泣いているような人の声が聞こえてくるなか、足元に落ちているニット帽を発見し、前方に視線を向けると、
 頭部からウサギのような縦長の耳が生えている少女が網の上でわんわん泣いており、その傍で同じ耳をした少年が痙攣しながら倒れていた。 
「生きてる」
『そう。そうじゃなきゃ絶対駄目なんだけど、それなら良かったわ……ヒュウラ。
 私達はチームよ、指示はちゃんと守りなさい。そして彼等は”貴方と同じ”絶滅危惧種。保護対象は、ランク関係なく大事に扱いなさい』