Bounty Dog 【アグダード戦争】114-116

114

 己の側に、あの化け犬は居なかった。何時の間にか舞台の外にある土山の1つの上に胡座を掻いて座っている。腰に赤い布が巻かれており、腕を組んでいた。金と赤の目をやや吊り上げて、仏頂面をした狼の亜人は此方を見つめてくる。
 カスタバラクがサーチライトと拳銃の銃口をヒュウラの眉間に向けると、土山の下から声が聞こえてきた。ありとあらゆるモノを切り裂く鋼鉄の爪が生えた両手がヒュウラを挟んで伸びてきて他のモグラと同じように上下に振って挨拶をすると、聞き覚えのある高めの若い男の亜人の声が、声高々に話し掛けてきた。
「ささあ、さあさあ!お客さん皆んなの心臓が一斉に止まる超驚き価格で、あんたを此処でこれから、お犬さんと滅茶苦茶叱ってやるでそうろう!!その前に、その前にね!あっしと皆んなに聞こえる大きな声で、
 “あっし”と早よ言え!!」
「黙れ」
 ヒュウラが仏頂面のまま代わりに返事した。しつこ過ぎるコルドウが黙る代わりに土の上から噴き出した蒸気で、ヒュウラの身体が少し浮く。胡坐を掻きながら浮遊しているヒュウラは、カスタバラクから少し先にある広場の土の上に乗ったテープレコーダーに視線を移した。
 土山が動き出す。筋のように広がった土の山の下にいる存在がヒュウラにテープレコーダーを運んでくると、
 機械を取り戻したヒュウラが、音量を最大にしてから再生ボタンを押した。ヒュウラは出会ったことが無いカスバラクの上司で最大の脅威である”自称”アルバード・テスタロスタ大佐が標的の目の前で、標的の攻略法の続きを大声で話し出した。
『顔を見るな、鏡を使って顔以外を見ろ、顔を見るな、鏡を使って顔以外を見ろ。しつこいくらい誰も彼もに言っておいた。洗脳だよ、標敵に対して。私の洗脳に引っ掛かって、あいつはこう思い込む。”自分の顔には、真面に見たら呼吸する空気を奪える呪いが掛かっている。だからワザと鏡を大量に置いて、何処を見ても自分の顔を見てしまえるようにすれば安全だ。相手が持ってきていたら、奪って全部割れば良い。余りにも簡単だぞ?それでも敏腕スパイだったのか?爺さん”と』
 カスタバラクは大佐の声を放つテープを持つ化け犬が、人間の幽霊に変化して見えた。胡座を掻いて腕を組み、モグラが掘った土の上に座っているのは、己が殺した上司、己の恩師、そして己の最大の脅威で”父”だった。
 ヒュウラに憑依したアルバード・テスタロスタ大佐は、更に姿を変えてジャック・ハロウズになった。出会って死に別れたのはたった3日なのに自分の一部のような存在になった、今も世界一愛している影武者の少年。トレードマークだった手作りの星の紋章が幽霊の左胸に付いていなかった。彼の形見の紋章は今、屋敷に作った秘密のゴミ捨て場では無く、大佐から貰って己の愛用品にしている軍帽の裏に縫い付けている。帽子と一緒に肌身離さず持っていた、本物の宝物だった。
「ナシュー」
 死んだ時の7歳の子供のままのジャックが、大人になった己を愛称で呼んだ。悲しそうな顔をして、”友”は直ぐに”義理の父”に代わる。アルバード大佐は不敵な笑みを浮かべて、化け犬に戻る。ヒュウラは仏頂面でカスタバラクを見つめていた。
 大佐はヒュウラが持っているテープレコーダーに戻って、声を出した。
『私は表向きは優しくて陽気な服好き冗談好きのジジイ。だが軍隊司令官としてでも、私は中佐以上にシゴキのやり方が非常にエグいのを、18年私の下に就いて何にも学ばなかったのかい?カスタバラク少佐。まあでも、君のそういう素直な所が凄く好きだったんだけどね。何時も私の期待通りに動いてくれる、可愛い可愛い私のナシュー。    
 もう一度言おう、”刺客君”。奴の弱点は思い込みが激しく、騙されやすい。故に攻略法は非常に簡単だ。とことん奴を、騙したまえ』

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