Bounty Dog 【清稜風月】114-115

114

 依頼料は、僅か100エードだった。だが金銭というモノの価値が全く分からない亜人がずっと持っていた物だったので、睦月はヒュウラが至極大事にしている物を己に渡してきたのだと的確に判断した。
 相手への理解力に関しては、睦月・スミヨシはヒュウラの”主人”と同程度で持っていた。リーダーシップ力と面倒見の良さもヒュウラの”主人”と”準主人”に負けず劣らず備わっているが、性格が若干暗めの神経質気味であるせいで、爽やか”主人”とサッパリ”準主人”程には、ヒュウラに未だ懐かれていなかった。
 そんな彼は、ヒュウラからの依頼に対しては何の疑いもせずに律儀に受けた。ヒュウラが櫻國に来て26日目の本日、午後から睦月はヒュウラを、山の麓から少し離れた町に連れて行った。

 ヒュウラは睦月に連れられて数日ぶりに家から外に出られたが、『イヌナキ城・忍者犬ごっこ事件』以降は御用(ごよう)されたままだった。睦月に自ら渡した100エード以外の道具も全て没収された状態で、強固な蚊帳の網に全身を包まれたまま睦月に担がれて、町の一角にある大きな施設に連れて行かれる。
 連れて行かれた『箱』は、博物館だった。重厚で独特の形をしている櫻國の文化財が展示されている博物館に着くと、睦月は網入り捕獲亜人を担いだまま、物珍しそうなモノを見るような眼差しをして出迎えてきた受付の人間に、人間2人分の料金を支払う。亜人が見たいと望んでいるモノを探して亜人を担ぎながら展示室を幾つか巡ると、直ぐに目的の品が見付かった。

 ヒュウラの魂胆は、憎き”テレビの神の使いの本体”を己の足で殺して此の世から完全に喪失してやる事だった。テレビの神の使いの本体がこの島にあると知ったのは、イヌナキ城で罠に掛かって御用された直後に、睦月が存在を知っているような言葉を己に言ってきたからだった。
 “神輿”という人間が作った道具への解釈が人間には完全に理解不能の領域まで突き破ってしまっている狼の亜人は、産まれて初めて本物の”神輿”を見た。想像していたモノと全く違う姿形をしている神輿を見て、ヒュウラは目を限界まで見開いた。
 人間が作った道具『真(まこと)の神輿』は、具体的な表現は出来ない神聖な雰囲気と強い覇気を放っていた。亜人は謎の方向に捻じ曲げて解釈していたが神に奉る物である事は正しい本物の神輿は、睦月とヒュウラが見た時は巨大なショーケースから出されており、赤い提灯飾りを多数付けられた状態で、博物館の外に通じる扉が近くにある広場に置かれていた。
 睦月が、抱えていた網包み狼を床に下ろす。余りに想定外だった物体を見て”コレを潰す”という目的が頭から吹き飛んでしまった狼に、睦月は柔らかい笑顔をしながら話し掛ける。
「ヒュウラ、これが神輿だよ。君が思い込んでいる変なモノじゃ無く、凄く立派でしょ?もう直ぐ夏のお祭りがあるから、御神輿を出す準備しているみたいだね」
「神輿」
 ヒュウラは目を見開いたまま網ごと後退りをし始めた。睦月は網の結び目を咄嗟に掴むと、大きく首を傾げる。
 慄く狼に、再び話し掛けた。
「どうしたの?余りにも立派だから、吃驚しちゃった?」
「神輿は」
 ヒュウラは後退りを止めて口を開いた。目も大きく見開いたまま、神輿を暫く見て、睦月の顔を見る。
 冷や汗を一筋、頭から湧かせて頬に垂らした。睦月に向かって尋ねる。
「神輿は担ぐと、頭が狂うのか?」
 睦月は返事も反応もしない。ヒュウラは更に言葉を続けた。
「やはり」
 一言だけ喋って、神輿を凝視する。テレビとは微塵も関係が無い神聖な櫻國の文化品をマジマジと見てから、網越しに睦月の顔を見て、更に呟いた。
「ノウでロウで……ぷおおおおん、なのか?」
「ヒュウラ。だから、誰からそんな無茶苦茶な事を教えられたの?」
 ーー俺は遂に、ぷおおおおんを言ってしまった。ーー心の中で盛大にショックを受けた狼の気持ちは理解出来無かった櫻國の猟師は、ヒュウラが全く動かなくなってしまったので、網ごと担いで博物館から出て行った。

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