Bounty Dog【Science.Not,Magic】92-

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 彼女にとって、お気に入りの紅茶用茶器は”マドモアゼル”だった。一筋縄にはいかない気高く美しい完璧な女に与えられし勲章である”マドモアゼル”は、強靭な魂を持つ女だが、その身は気高く美しい故に、至極繊細でもある。
 お気に入りの茶器が、振動を受けてカチャカチャ音を立てた。シルフィ・コルクラートは至極丁重に”マドモアゼル”からティースプーンを離し、芳しい香りを放つ、年に一度の贅沢でもあるダージリンファーストフラッシュ茶葉で淹れた最高級紅茶の、ストレートティーの揺れる水面を落ち着かせる。向かいの席で、白い客用ティーセットで同じ紅茶をご馳走されている人間の女が、目を丸くしながら此方を眺めてきていた。
 無機質の”マドモアゼル”を丁寧に取り扱うシルフィは、奮発紅茶を一滴残さず、優雅に飲み干した。背後の座席に置いている白銀のショットガンを見てから、目の前に座っている部下の女保護官に尋ねる。
「虎人(フーレン)の飼育成功記録はあった?」
「ありませんでした」ルシパフィは己の茶器を簡易テーブルの上に置いて答えた。茶器の横に添えるように置いていた、小さなノート型パソコンの画面を上司に見せる。部下が手を付けていない皿に乗ったガトーショコラのケーキを押し除けて目に映った画面は、食欲を失うどころか嘔吐を誘う内容だった。モザイク加工がされているが、四肢を欠損した環境団体の人間達の写真が写し出されている。
「生後1年程の虎人に触ろうとした男性は、子供の虎人に腕を脇下まで食べられたそうです」
 ルシパフィは紅茶も完食出来ない。シルフィはグロ画像を見せられていても、己のスイーツを優雅に楽しんでいる。ガトーショコラを上司に渡したルシパフィは、上司の行動に何の反応も示さず、虎の亜人に関する説明を続ける。
「これが本当だったら、生息地の封鎖以外で虎人の保護が出来る可能性が生じます。だけど、一体どうやって?どうやって亜人の中でも特に凶暴な、あの”人喰い化け虎”を育てられたの?」
「慎みなさい」シルフィがシュー・ア・ラ・クレームをナイフとフォークで上品に食べながら言った。口を布ナプキンで拭いてから言葉を続ける。「確実に、あの子は人間を一度も襲った事が無い筈。ヒュウラ以上に大人しい、良い子よ。育て方は興味あるけど」
 否定の言葉を反射的に口に出した部下に、シルフィは睨み目を向けた。ガトーショコラに手を付ける。フォークで一口サイズに掬って口に含んで楽しみながら、シルフィは虎の亜人の被害に遭った人間達の四肢欠損写真を端から端まで確認した。
 肝が座り過ぎている上司に、ルシパフィは恐怖心を抱く。人間のバラバラ死体を何度も見た事がある戦争経験者は、平和な世界で幸い生きている黒肌の人間に指示をした。
「お茶は全部飲みなさい、貴女が大好きな植物よ。……クロロ、キ・テムラ・パクダ・エーデンバーグとテムラ社について、もっと調べて頂戴。カイが何に怒っているのかも知りたい」
 了承の言葉を返して、ルシパフィはノートパソコンを折り閉じた。癒し映画でも見ていたかのようにスイーツを食べる上司の顔を一瞥してから、カップに入っている希少紅茶を、収縮している胃に無理矢理流し込んだ。

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「設立は12年前?」
「はい。機械修理と中古販売業を専門にする、小さな会社だったようです」
「急成長の理由は?」
「恐らくですが、事業に機械開発を加えたからだと思います。キッカケは分かりませんが。カッティーナ保護官曰く、民間向けなのにクレイジーなくらい高性能。しかも過去に例を見ない、画期的なアイデアの機械製品が多いらしくて」
「具体的には?」
「高評価を受けているのが、海の座礁と海底を瞬間で観測して画面に表示する海図表示機。後、摘める程に小さいのに物凄く高速で作動する、パソコンの中枢パーツとかーー」

 Q:虎人、ハリマウォの出産パターンはご存知ですか?
 A:いいえ。知りません。
 Q:パターンは決まっていません。産気付いた場所で産みます。1回の出産で3体から5体。その内、1体から2体が産んで直ぐに親虎に間引かれてーー。
 A:……。

「ごめんなさい。やっぱり心配ですので。今からテムラ社に訪問して様子を見てきます。夕食をお断りしてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ。自分が住んでいます北東大陸に来られた時に、御一緒して頂けると嬉しいです」

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