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【一人暮らしの徒然】同人女の原稿生活の幕開け

 日曜の朝、結衣子がカーテンを開けると吹雪いていた。この天候のせいだろう、水道の水がひどく冷たい。なんとか我慢して給湯器は使わずに済んだ。
 二度目のラタトゥイユを作った。一度目は生のトマト、二度目の今回は紙パックのカットトマトを使ったが、結衣子は生のトマトで作った味の方が好きだな、と思った。ただ紙パックの方が保存の融通が効くことを考えると、これからも積極的に生のトマトを買うかどうかはちょっと怪しい。
 朝食を食べて、しばしぼんやりしている内についついうとうとする。デスクこたつに突っ伏して1時間も過ごしてしまった。――いかんいかん、と頭を持ち上げて自分に喝を入れる。眠気覚ましに食器を洗い、机にタブレットを立ち上げた。4月に出る同人イベントに出す頒布物の原稿をやらねばならない。
 イベントは、新型コロナのまん防解除を確認するギリギリまで参加表明をしなかったので、日程はそれなりにタイトだ。表紙のデザインや製本、設営など考えることは山ほどあるが、まず何より原稿がないと始まらない。テキストエディタにひたすら着想を打ち込む傍ら、原作を読み返したりしてしばらく過ごす。
 10時を回った頃、結衣子は一旦手を休めた。台所に立ち、熱い紅茶を淹れて牛乳をほんのり温め、行きつけのカフェで買ったクッキーの封を切って小皿にあけた。
 ミルクティーとクッキーを交互に口に入れる。美味しい。原稿の進捗は芳しくない。
 一旦、目標を明確にしよう。結衣子はそう決めて空にした茶器類を片付けた。
 今度のイベントでは、スペースに折本を並べるつもりだった。スペースの長机のサイズは公式サイトに明示されているので、ビニール紐をそのサイズの通りに切って床に伸ばして、実際にどれくらいの折本が並べられるか見てみる。
 結果、20種類は置けそうだ。……20もかあ、と結衣子は天を仰いだ。
 しかし、まあ。既に参加表明はしてしまった。当日のスペースをスカスカにするような恥は犯さないぞ、と自戒する。いくつか完成しているものはあるし、構想も余裕はある。まず今週中に半分は書こうと決めた。そうしているうちに正午を回ったので、今朝のおかずで控えめに昼食を取った。
 洗い物をして、今度は表紙デザインの勘を取り戻す作業をした。以前友達から贈られた画像素材集をcanvaに取り込み、配置して文字を入れる。
 内容に適した画像を選んだり、canvaの操作を思い出すのに手間取って、横74ミリ縦105ミリの小さな画像を作るのになんと2時間もかかってしまった。この作業を折本20種分繰り返す予定を考えると、多めに作業時間を取らねば……と結衣子はげんなりする。原作の雰囲気に合う素材の数が心許なかったので、Amazonで良さそうな素材集を最寄りのコンビニ受け取りで決済した。来週中には届くだろう。
 一度別の作業を挟んだのがよかったのか、そのあとは本文の原稿がよく捗った。字数にして3000字超書き上げてから、開け放したカーテンの外が暗くなっているのに気づく。
 夕闇の中を白い斜線が絶え間なく走っているのを見ながらカーテンを閉めた。結局ほぼ一日吹雪いていたんだなぁ。
 結衣子はパジャマに着替えて、洗濯機を回した。やっぱり今朝のおかずで夕飯を整えて食べながら、明日の献立の参考になりそうなレシピを検索する。大根か白菜を使いたい。
 食べ終わって食器を洗い、ちょうど止まった洗濯機から洗濯物を回収して部屋干しした。何をしていても頭のどこかでは原稿について考えている。締切を意識しながらの生活は気忙しくもなかなか楽しい。余裕を持って準備の時間を取るためにも、早く書き上げられたらいい。

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