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言葉の読み解き方~職業に貴賤はない

本日から新しいシリーズをはじめてみようと思います。
世の中には格言のように色々な言葉がありますが、学校で教わった額面通りの意味ではないのではないか?と思ったり、新解釈を読んで感銘を受けたものなどを紹介していこうと思います。

今回は、「職業に貴賤はない」です。

「職業に貴賤はない」の辞書的意味

まずは、辞書的意味を見てみましょう。
実用日本語表現辞典によると、次のように書かれていました。

「職業による社会的地位の格差が生じることは、あってはならない」、「どんな仕事をしているかによって人を差別・値踏みすべきではない」といった趣旨で用いられる言い回し。尊い職業・賤しい職業というような格差などない、職業によらず労働はすべて尊い営みである、というような意味合いを込めて用いられる。

要するに「職業に貴賎なし」は、職業差別を戒める言葉であり、人を職業によって見下したり格付けしたりしようとしがちな傾向に対する訓戒である。

いわゆる「いやしい職業」は「賤業」ともいう。今日では「底辺職」という呼び方に賤業の意味合いが含まれることも多い。賤業・底辺職とみなされやすい職種は、時代によっても異なる。

実用日本語表現辞典

職業として成立するという事は、それだけにニーズがあるという事です。
社会的に問題があったり、そもそも犯罪だったりしない限りは差別してはいけないよ、という意味合いですね。
とはいえ、実際は他人へマウントを取る一環として職業差別をする人もいるのが現実だと思います。

「職業」の部分は色々な言葉に置き換えても通用する

ところで、この言葉は「職業」の部分を色々な言葉に置き換えてみ通用するのですが気付いていましたか?

例えば、「趣味に貴賤はない」「ジャンルに貴賤はない」「性別に貴賤はない」「国籍に貴賤はない」「人種に貴賤はない」などなど……
個人の感覚や経験などからくる好悪こそあれ、本来の本質的的には通用します。
この辺りまでは結構気が付いたり、そういう思想をお持ちの教師に教わった経験がある人もいるかもしれません。

これをもう一歩踏み込んだ新解釈を昔見つけたことがあります。

感銘を受けた新解釈

それが、以下の言葉です。古い本ですが、引用します。

「あらゆるジャンルに貴賤はない。だが、ジャンルの中には厳然として貴賤が存在する。」

村松友視※『私、プロレスの味方です』(角川文庫)
※視の字はしめすへんの旧字体の右に見

この言葉の意味を考えてみると、「〇〇に貴賤はない」の〇〇の部分を横並びにしたときに、そこに貴賤は存在しないという意味になります。
例えば、文学はマンガより偉いとか、将棋や囲碁はコンピュータゲームより優れているという事もないです。もちろん、その逆もありません。
ジャンルの間には貴賤はないのです。

しかし、それぞれのジャンルの中には貴賤が存在します。
超一流から五流まで存在するのです。
そのジャンルを愛しているのなら厳しく値踏みする目も持たないといけないわけです。

ここから自分に言い聞かせていること

最近はSNSでいろんな人が色んな発信ができるようになりました。
その結果、いろんな言説がWEB上では氾濫しています。
その氾濫する言説には、それぞれの主張と同時に、その言葉を発した相手がその主張を良しとする界隈でどれだけの実力を持っているのか。
そこをしっかりと見極めなくてはならないなと考えています。

スピード感の大切な時代と言われますが、そのスピード感が、1秒も置くことなく反射で反応しなくてはならない、というのは誤っていると思います。
特に、自分の感情を強く揺さぶられた場合、次の発言をするまでに最低でも1分、出来れば5分。
自分が口にしようとしている事は、五流の妄言ではないか?少なくとも二流程度には練れているか?
それを常に問いかけていこうと思います。

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