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「独学の思考法」

「独学の思考法」(山野弘樹 講談社現代新書)

哲学を研究している大学院生の著者が、地頭を鍛える「哲学的思考法」について述べた本。著者自身は以下のように書いている。「その意味で本書は、独学の方法を伝える独学本であると同時に、地頭を鍛えるための哲学書でもあるという、「一粒で二度おいしい著作」なのです。」(8ページ)

まず、著者が若いことにびっくりした。まだ20代の大学院生がこのような新書を出版できるなんてなかなかすごいことだと思った。ただ、この本のタイトルから、副業やリスキリングのための勉強の技法を期待したとしたら、おそらくは期待外れの内容である。この本は哲学の研究者による、思考プロセスについてわかりやすく書いた本である。この本の構成は以下のようになっている。

プロローグ 「考える」とはどういうことか?
  ーーショーペンハウアー『読書について』から考える

ショーペンハウアーによる「本」=「足跡」という比喩を手がかりに、「考えること」とは、まさに「走ること」であると理解し(35-36ページ)、単に本の内容をインプットするのでなく、「足跡」とともに思索を展開することこそが思考の本質である(44ページ)と述べている。そのために必要なスキルを以下の5つに分けて第1部で解説している。

第1部 原理編ーー5つの「考える技術」
  第1章 問いを立てる力ーー思考の出発点を決める
  第2章 分節する力ーー情報の質を見極める
  第3章 要約する力ーー理解を深める
  第4章 論証する力ーー論理を繋げて思考を構築する
  第5章 物語化する力ーー相手に伝わる思考をする

「第1章 問いを立てる力」として、九つの問いのパターンを示している。(49ページ)
・判断の普遍性を探求する問い
(1)事例の普遍性を問う
(2)根拠の普遍性を問う
(3)定義の普遍性を問う
・判断の具体性を探求する問い
(4)事例の具体性を問う
(5)定義の具体性を問う
(6)根拠の具体性を問う
・判断の前提となる価値観を探求する問い
(7)価値の隔たりを問う
(8)価値観の重なりを問う
(9)価値観の交わりを問う

「第2章 分節する力」では、この後の要約と論証とセットになるものであり、以下の三つを目的とする。(72ページ)
(1)情報を一つにまとめる
(2)情報の関係性を整理する
(3)理解の追いつかない箇所を確定する
そして具体的な方法として、単語を囲む、傍点を打つ、文章に線を引くなどが説明されている。

「第3章 要約する力」では、分節化した文章を要約する方法について述べている。高校の現代文の読解を思い出した。

「第4章 論証する力」では、分節・要約をベースに、論理を繋げて思考を構築する方法について述べている。初めの問いが事柄の本質をとらえていることの重要性を強調した上で、アーギュメントの組み方(論文の書き方)、ロジックの繋ぎ方について述べている。

「第5章 物語化する力」では、「私たちがいくら高度なことを思考したとしても、それをしっかり人に伝えることができなければほとんど意味がない」(122ページ)として、抽象的な概念は擬人化して捉え(124ページ)、抽象概念の相関図をつくったり、時間軸に沿って抽象的な概念を「映像化」(130ページ)することについて述べている。

第2部 応用編ーー独学を深める3つの「対話的思考」
  第6章 対話的思考のステップ1ーー「問い」によって他者に寄り添う
  第7章 対話的思考のステップ2ーーチャリタブル・リーディングを実践する
  第8章 対話的思考のステップ3ーー他者に合わせた「イメージ」を用いる

後半は「対話的思考」の重要性について述べている。その理由としては倫理的な理由と論理的な理由が指摘されている(141ページ)。また、ソクラテスのような問答法とは異なる対話のモデルを提唱している。これはお互いに配慮をし合う、いわば協調的な問答である。

「第6章 対話的思考のステップ1」では、第1章での問いのパターンをベースに、さまざまな角度から対話を行う方法について述べている。

「第7章 対話的思考のステップ2」では、「相手の欠点があったらその欠点を補ってあげる」ような読解方法であるチャリタブル・リーディングについて、以下の3つに分けて説明している(168ページ)。
(1)相手が「一面の真理」を突いていると仮定する
(2)チャリタブル・リーディングとクリティカル・シンキングは相互に両立する思考法である
(3)チャリタブル・リーディングにおける対話者同士の関係性は「相互補助」的なものである

この部分は、例えばコーチングなどにも繋がる話のように思えて、非常に面白かった。著者も「チャリタブル・リーディングという方法は、もっと多くの人たちに知られる価値のある知の技法のひとつに他ならないのです」(188ページ)と述べている。

「第8章 対話的思考のステップ3」では、他者に合わせた「イメージ」を用いる方法として、メタファー、アナロジーについて述べている。

この本を読んで、なかなかジャンル分けが難しい本だと思った。前半の文章の分節や要約などの部分は文章の読み方や、傍点や傍線やマーカーの引き方まで述べていて、高校生の現代文の読解にも役立ちそうだと思った。また後半のチャリタブル・リーディングの部分は、ディベートというよりも、協調的な対話の組み立て方のヒントになるものであり、ディスカッションやコーチングなどにも役に立つ内容だと思った。そういうニーズがある人にとっては、いい本だと思う。ただし、いわゆる独学法の本ではないと思った。

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