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「勘違いが人を動かす」

「勘違いが人を動かす」(エヴァ・ファン・デン・ブルック ティム・デン・ハイヤー 児島修 ダイヤモンド社)

 オランダ人の行動経済学者と行動デザイナーの著者による、人間の認知バイアスについての本。表紙裏の「「論理」よりも「情熱」よりも「認知バイアス」が人を動かす」にまとめられているように、人間の行動を誘導する仕掛けについていろいろな実例が載っていて面白い。

 まず、人は自分にとって都合が良い場合に自分自身を過大評価しがちであることが示された。被験者に知能検査を受けさせ、自分の特典を予想させたところ、車を運転する人の大半が「自分は優良ドライバーだ」と考えているのと同様に、被験者の大半は自分の得点が平均以上だと予想した。(60-61ページ)

 状況が変われば行動も変わる。これは、まったく不思議なことではない。
 ジムにいるときと教会にいるとき、パートナーといるときと上司といるとき、校庭にいるときとナイトクラブにいるときでは、私たちの行動は違う。誰もがこの事実をわかっているはずだ。それでも、私たちは状況が及ぼす影響を低く見積もってしまう。
 これは、「禁煙する」「酒量を減らす」「定期的に運動する」といった健康に関する目標を設定した場合にも当てはまる。たいてい、私たちは意志や精神力だけに頼ってこうした目標を達成しようとする。
 しかし、環境が行動に与える影響の大きさを知っていれば、もっとうまい方法を取れる。
 意志に頼るのではなく、環境を変えることに注目するのだ。
 たとえば、家にあるクッキーに手をつけないでいようと我慢するのではなく、こうした菓子類は買わないというルールを決める。パートナーに対して誠実でいたい人は、ふたりで旅行に出かけて、ムードのある素敵なホテルに泊まるといい。高級な別荘やエキゾチックな島ではなくても、こうした環境に身を置くことで、ふたりの関係は良好になるはずだ。(63-64ページ)

 いざとなったら「プラシーボ・ボタン」として使えるからだ。つまり、押しても何も起こらないが、押した人に実際の温度が上がったり下がったりしたと勘違いさせることで、気持ちを落ち着かせるダミーのボタンだ。
 プラシーボ・ボタンは、私たちが思っている以上に身の回りにあふれている。
 米国では、ジャーナリストが空調の専門家に今までプラシーボ・ボタンを導入したことがあるかどうかを尋ねたところ、71人の回答者のうち50人が「イエス」と答えている。
 エレベータの「閉める」ボタンにもプラシーボ・ボタンが多く用いられている。このボタンは、押しても押さなくても扉が閉まるタイミングは変わらない。だがボタンを押せることで、乗客のストレスを減らせるのだ。(72-73ページ)

 ナッジを提唱したリチャード・セイラーは、このように物事を必要以上に難しくするものを「スラッジ」と名付けた。
 ナッジは望ましい行動を簡単で楽しく、自然にできるように促すが、スラッジはその逆だ。ゴールに達するために、ぬかるんだ泥(スラッジ)を通り抜けなければならないような状況をつくり出してしまう。
 そして、小売業には意図的につくられたスラッジがある。たとえば、キャッシュバック制度だ。(93-94ページ)

 だが、生きるか死ぬかの決断においても、小さな変化が想像以上に大きな影響をもたらすことがある。
 たとえば英国では、国がパラセタモール[解熱鎮痛剤、アセトアミノフェン]のパッケージを大容量のものから小さな押し出し式シートに変更し、1人あたりの購入数に上限を設けたところ、自殺者数が激減した。
 自殺願望のある人が、ボトルから錠剤を一気飲みできなくなったからだ。
 もちろん、これだけが希死念慮を持つ人への対応というわけではないが、この「スラッジ」によって多くの命が救われた。
 つまり、良いスラッジというものもある。(96-97ページ)

 品格漂う銀座に佇む森岡書店は、とてもユニークな書店だ。この店には、本が1冊しか売られていない。
 店主の森岡督行は、今や世界的な有名店となったこの小さな本屋で、選びぬいた1冊の本だけを週替わりで売る。
 この取り組みは成功している。それももっともだ。人は選択肢を示されるのを好むが、選択するのは好きではないからだ。選択肢が増えすぎると限られた脳のキャパシティの一部が奪われてしまうし、選択した結果を後悔しやすくなる。
 あまり多くの選択肢を与えすぎると、客は何も選ぼうとしなくなる。だから、売り手が選ぶのを手伝うのだ。そして、それによって利益を得ればいい。(112-113ページ)

 人を夢中にさせる4段階の「フック・モデル」
 ステップ1---「トリガー」を与える。
(中略)
 ステップ2---ユーザーの「アクション」が起こる。
(中略)
 ステップ3---変化するリワード(報酬)を与える。
(中略)
 ステップ4---インベストメント(投資)、または「サンクコスト」。(136-167ページ)

 今しかない、最後のチャンス、在庫一掃セール、閉店セール品の買いだめ---。その背後にある認知バイアスは、何かを逃すことに対する恐怖なのだ。(169ページ)

 今から70年以上も前の1951年、心理学者のソロモン・アッシュは、「3人の人間が同じ主張をすると、たとえその内容が明らかに間違っていても、4人目はたいていそれを受け入れる」と述べている。(194ページ)

 誰かに見られていると意識するだけでも、私たちは良い行動をとろうとする。
(中略)
 ある実験では、募金箱におもちゃの目を貼り付けることで、慈善団体への寄付金が1.5倍も増えた。ただし、一連の研究を分析したところ、女性の目を使わない限り、その効果は弱まることがわかった。女性の目があるときには、男性は慈善団体にはるかに多くの寄付をした。(214-215ページ)

 つまり、人は他人も気に入ると思ったときに、「いいね」をクリックするのだ。
 少々わかりにくいかもしれない。これは、「心の理論」と呼ばれている。
 ノーベル賞受賞者の英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、経済学を「美人投票」(ビューティー・コンテスト)にたとえた。
 たとえば、新聞に魅力的な女性の写真がずらりと並び、誰がグランプリに輝くかを当てた読者は賞金を得られるとしよう。
 そのとき読者は、自分が魅力を感じる女性ではなく、皆が一番魅力を感じる人は誰なのかを予想しようとする。
 同じことが株式市場でも起こる、とケインズはいう。もっとも魅力的なものが常にトップに来るとは限らない。株価のランダムで小さな上昇が、大きな影響を引き起こすことがあるのだ、と。(223-224ページ)

 研究によると、「心の理論」の筋肉はトレーニングで鍛えられる。しかも、数学を勉強するのではなく、文学作品を読むことが効果的だ。
 ただし主人公に読者が自分を重ね合わせながら読むような娯楽小説にはあまりその効果はない。主人公の目を通して他人を外側から見るのではなく、優れた文学作品を読むときのように、積極的に他人の視点に立つことで戦略的な思考は身についていく(他人がどう考えるかわかるようになる)からだ。
 筆者はこのような方法で「心の理論」を磨くことをお勧めする。小さな違いが大きな効果を生む。ぜひ試してみてほしい。(226-227ページ)

 自分に対する予測の甘さは、人が自分の幸福度をどう見積もるかにも当てはまる。
 「宝くじに当選する」「死ぬまでにどうしても訪れてみたかった場所を旅行する」「大病を患う」といった大きな出来事から受ける影響は、実は私たちが思っているほど大きくはない。人は重大な出来事がもたらす影響の大きさを、過大評価してしまうのだ。
 たとえば、乳房切除手術を受けるのは大きな出来事だ。けれども、乳房を片方失った人も、数年後には他の人と同じくらいの幸福度に戻ることがわかっている。
 だが、「終わりよければすべてよし」とはいかない。私たちは、食器洗いや通勤といった日常的な些事によって自分がどれくらい不幸になっているかを逆に過小評価してしまっている。(242-243ページ)

 スーパー各社は、客がレジに近づくにつれ足早になるのを知っている。業界用語で、"チェックアウト・マグネット"と呼ばれているくらいだ。レジの手前に凹凸のあるタイルを敷いてカートを減速させようとする店もあるが、この足早なペースは通常むしろ好ましいものとされている。客が商品を選ぶ速度が速くなると、衝動を抑えにくくなるからだ。
 菓子売り場の5個入りパックの方が割安だったのに、レジ横の割高なチョコレートをうっかりカゴに入れてしまうのはそのためだ。(247ページ)

 勝ち負けの問題がない場合でも、順序効果が生死の問題にかかわる場合もある。
 これは決断疲れによって起こる。たとえば裁判所で判決が下されるとき、裁判官の決断疲れが被告の生死を分けることもある。午後になると、裁判官の判決は厳しくなる傾向があることがわかっている。
 病院でも、1日の早い時間帯のほうが適切な治療を受けやすい。勤務時間が終わりに近づくにつれ、医療従事者が手を洗う頻度が減ったり、患者の病状に合っていない抗生物質が処方される傾向が高まったりするからだ。
 私たちの日常生活も同様だ。大切な判断はなるべく1日の早い檀家で行うといいだろう。(251-252ページ)

 お金がない人は、ときにおかしな行動をとる。
(中略)
 しかし、思いがけずお金に困ると、誰でも近視眼的な反応をするものだ。この心理状態は、お金と時間、どちらが不足しても引き起こされる。両者の影響が似ているためだ。
 つまり、CEOが仕事の締め切りに追われるのは、貧しい人が支払いの締め切りに追われるのと同じように好ましくないことなのだ。(258-259ページ)

 たとえば、人は9で終わる年齢のとき(29歳、39歳、49歳...等)に、思い切った変化や新しい行動を取りやすい傾向がある。これは、海外旅行や趣味講座を客に売り込む側は知っておきたい知識だ。(265ページ)

 たとえばクレジットカード会社は、利用者がナイトクラブで一晩に多額の支払いをすると警戒レベルを上げる。この利用者は離婚する(それに伴い、経済的に破綻する)可能性が高いとみて、信用限度額を下げることを検討する場合もある。(269ページ)

 幸い、賢くスポーツジムを利用するための方法はある。以下のうち、どれがもっとも効果的だろうか(答えは後ろで)?
 1. ジムに行くお金を誰かに払ってもらう。
 2. 1週間ジムに行かなかったら罰金を払う。
 3. 楽しいこととセットにすることで行動を促す誘引バンドルを実践すべく「ハリー・ポッター」のオーディオブックをジムのロッカーに入れておく。
 このなかでは、最後の方法(3)が一番効果的だ。
(中略)
 何か楽しいことをジムに紐づけて、他ではそれをしないことにした学生は、事務に通う頻度が50%増し、お気に入りの本を人質に取られることにも喜んでお金を払った。(278ページ)

 この結果を不思議に思うかもしれない。だが、同じ現象はオンラインショッピングでも起きている。5つ星評価では、平均4.7を獲得した商品や旅先が一番売れる。それ以上の評価だと、完璧すぎて信用度が落ちるからだ。こうした現象はプラットフォール効果と呼ばれる。(313ページ)

 フレーミングにはかなりの影響力がある。それは言葉の問題に留まらない。
 この認知バイアスを知っているかどうかが、生死を分けることもある。
 医師は、患者に治療法を選ばせる際、ポジティブなフレーミング(助かる見込みを伝える)を使うか、ネガティブなフレーミング(助からない見込みを伝える)を使うかによって患者の判断が大きく変わるのを知っている。
 また、医師自身もこのフレーミングに左右されやすい。(319ページ)

 慈善活動を例に挙げたとことで、寄付の金額について考えてみよう。
 以下の2つの文章は、どちらも寄付を求めるものだ。どちらの書き方のほうが、寄付を多く集められるだろうか?

 A. 私は以下の金額を寄付します[金額を〇で囲む]
 50 30 20 10
 B. 私は以下の金額を寄付します[金額を〇で囲む]
 10 20 30 50

 正解はAだ。高い金額から提示すると、平均の寄付額は増える。
 このように数字を並び替えて寄付者を誘導する方法は、慈善事業の世界でよく用いられている。たとえば、逆順(低い額から提示する)にしたほうが、寄付のハードルが低く感じられるので、寄付する人の数は多くなる。
 提示する金額の違いも、最終的に寄付される額に影響する。もっとも寄付金額が大きくなるのは、大きな金額まで急に増やす方法だ(例: 10-20-50-250)。抜け目のない資金調達者は、寄付者の前回の寄付額を考慮に入れて、最低金額を前回の1.5倍に設定したりする。巧妙だが、効果的な方法だ。(332-333ページ)

 人は「事実」ではなく「物語」で動く(344ページ)

 チケットを売りたいなら「価格を倍」にする
 筆者のティムが広告業界で働き始めた頃、職場の先輩がクライアントから「豪華な船旅を売りたいが、どうすればいいか? 派手な広告は効果があるだろうか?」と相談された。
 「まず価格を倍にして様子を見ましょう」と先輩はアドバイスをした。
 すると、あっという間にチケットは完売したのだ。(353ページ)

 報酬さえ与えれば簡単に人を動かせるのか?
 かつてインドが英国の植民地だった頃、首都デリーは蛇の大量発生に悩まされていた。しかもただの蛇ではなく、猛毒をもつ危険なコブラだ。
 そこで政府は得意の手段に訴えた。報奨金制度だ。
 コブラを捕まえてきた者には、かなりの金額が支払われることになった。
 最初は効果があった。シュウシュウと這い回るコブラが、たくさん捕らえられた。
 しかし、貧しい人々は、コブラを飼育して数を増やし、それを野生でつかまえたことにして持ち込めば、安定した副収入を得られることにすぐ気づいてしまった。
 もちろんそれは政府が望んだ結果ではなかった。それでも、状況はまだ悪くなかった。ところが、政府が不正を突きとめ、報奨金制度の撤廃を決定すると、事態は一変した。
 人々は育てていたコブラをすべて逃すしかなくなったのだ。
 結局、デリーでは制度の実施前よりコブラが増えてしまった。
 この現象は、善意のインセンティブ(成果に応じた報酬)が逆に働くものとして、コブラ効果と呼ばれるようになった。(360ページ)

 報酬は、時には必要で、時には不要で、時には逆効果でさえある。つかみどころのないものなのだ。(363ページ)

 男女の賃金格差を解消するための方法

  1. 男女を平等に扱いたいのなら、求人広告に給与交渉が可能だと明記すること。そうしないと、男性は交渉しようとするが、女性はしようとしない傾向が高いからだ。その主な理由は、他人の目を気にする自己欺瞞があることだ。

  2. 女性の管理職志願者を増やしたいなら、求人の掲載期間を長くすること。女性は男性よりも決断に時間がかかる。

  3. 女性の管理職をもっと採用したいなら、候補者のリストを用意し、能力で評価すること。

  4. 科学的裏付けがあるこのようなヒントをたくさん知りたいのなら、イリス・ボネット著「WORK DESIGN(ワークデザイン) 行動経済学でジェンダー格差を克服する」(NTT出版)を読むこと。(372-373ページ)

 逆の例もある、献血者は普通、報酬をもらわない。献血の必要性と価値を理解しているからだ。しかし、あるスウェーデンの血液銀行は、ボランティアに感謝の意を示したくて、献血者に約7ドルの報酬を支払った。
 これが大きな違いを生んだ。報酬がもらえるグループでは、献血量が半分に減ったのだ。
 人々はもともと献血する意志があった。金額を明確にすることで、血液銀行は献血者たちの血液にどれほどの価値があるかを示してしまった。これは献血者自身が思っていたよりも低かったのである。7ドルという額を、侮辱的だと感じる人もいた。
 この現象は、内発的動機の押し出し効果と呼ばれている。(373-374ページ)

 「5分遅刻したら罰金」の制度で、爆発的に遅刻者が増えた
 課税とは違い、罰金は人の行動を変えることが主な目的だ。しかし、時にそれは逆効果をもたらすことがある。(382ページ)

 報酬よりも「目標設定」と「フィードバック」が、高いパフォーマンスを生む(386ページ)

 「数値測定」が本来の目的を逸らす罠になる
(中略)
 しかし、数字は簡単に比較できるからこそ、油断できない。
 人は歩数計の数字を増やそうとして、歩かずに手で振ろうとすることがある。企業はSNSのフォロワーを買う。成功した手術の数に応じて報酬を得る医者は、難しい手術を断るようになる。数値化はとても有用だ。特に病院ではそうだ。
 しかし、報酬が介在すると、たとえそれが金銭的なものでなく、褒め言葉であっても、測定はその目的から逸れてしまいがちになる。
 このように、人が測定されるものに基づいて行動を変えようとする現象は、グッドハートの法則と呼ばれる。
 本章の冒頭のインドのコブラのエピソードもまさにこれに当てはまる。(390-391ページ)

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