忘れた女の話

仕事を辞め、2ヶ月がたった。
あたしは慣れないハンドルを力いっぱい握りしめ、4時間のドライブの末、大学時代の大部分を共にすごした戦友、Mちゃんに会いに行った。

Mちゃんは同じ寮で、同じ学科で、同じクラスの子だった。
寝食を共にし、幾夜も同じ作業室で狂ったように服を作った仲だ。
苦悩する大学生活と、制作過程の中、泣いて、笑って、支え合ってきた。
友達よりもずっと深く、戦友もしくは仲間といった言葉がしっくりする相手だ。

そんなMちゃんは地元に就職し、東京を離れて北の某地に住んでいる。
ペーパードライバーから無事(?)抜け出したあたしは、高速道路を100キロでかっ飛ばす快楽に酔いながらしかし慎重に北の某地にたどり着いた。

2泊3日のうち、彼女は2日間が仕事であたしは1人でそこら辺をぷらぷらした。
海の幸を食べたり、水族館に行って水槽の前を陣取るカップルにイライラしたり、雨の中の山道を恐る恐るドライブしたりした。

2日目の夜、彼女と持ち寄った食料を小さなテーブルいっぱいに並べて、弱いながらに酒盛りをした。
お酒は人を素直にする。
彼女は何度も何度も自分の夢を語った。
彼女は、あたしよりもずっとブラックな環境でじっと耐えて働きながら、ずっと夢を忘れない。
自分の夢を叶えることを信じて疑わない。
そんな彼女があたしにとっては誇らしくて、愛しくて、羨ましいと思った。

あたしは、かつての古巣で働いていた時、なんとか自分の好きを忘れないように服作りのことを考えていた。
休みの日はパターンを引いてみたり、デザインを考えてみたり、好きを忘れないように、生きることだけに必死にならないようにしていた。

そして今、愛しているロリータファッションを思わない日が増えた。

バイトをして、衣食住が保証されて、お金にも困らない今の日常の中、安らぎの代わりにあたしはロリータを気安く着られなくなった。
好きで好きでたまらないのに、こんなにも愛しているのに、田舎では他者の視線が、声が、恐ろしい程に威力を持っていて、気安く着ることが出来ない。
着られないということは、意識出来なくなること。
あたしはクローゼットの奥にしまわれた愛しい服たちを表に出してあげられなくなった。

その事に負い目すら感じず、今を生きるのに必死で、何をしたかったのかすら忘れたあたしは、彼女の語る夢によって愛していた物を思い出した。

思い出すと共に、自分が情けなくて仕方なくなった。
夢を忘れて、ぬるま湯のような安寧に浸るだけで、未来を考えてない自分が醜く思えた。

定職につかず、夢もなく、漂うだけのクラゲのような頼りない情けない女。

でも、それを自覚しても自分の未来が分からない。
どう進めばいいのか分からない。
10年後どころか、5年後、3年後の自分の姿が見えない。

あたしは、夢を忘れてしまった。
物を作る楽しさを、愛しさを、闇雲に見切り発車で先に進むことを忘れてしまった。

思い出すことは出来るだろうか。
また針と糸を手に取ったら、あの情熱を取り戻せるのだろうか。

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