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あの人が死んだとき

とても好きな患者がいたんだ。
去年だったかなぁ、死んでしまったんだけど。

統合失調症の人で、とんでもなく重症でさ。ずっと幻聴で死ねと言われ続けてるもんだから、急に割れるくらい頭を壁に打ちつけたり、舌を噛みちぎろうとしたりするような。
想像を絶する、という言葉すら烏滸がましくなるような地獄の中で生きていた人で。

その人はとても優しい人だった。

特に入院レベルの病状じゃごくごく一部、というかそもそもそうじゃないのが当然なんだけど。
でも、ごくごく一部、自分がとんでもなく辛くて悲しくて、途轍もなく苦しい毎日を送ってるのにも関わらずとても思慮的で優しい人がいるんだ。

その人も、とても優しい人だった。
俺が夜勤の時にさ、その人がベッドでめっちゃ唸ってて。病状的にもよくない時期だったからよくあることだったんだけど、目を見開いて汗だくになりながら、ずっと何かと戦っていて。
声をかけたら、「辛いです。」それだけ言うんだ。それ以上の言葉を絞り出す余裕すらない、必死のSOSだった。
幻聴が落ち着くまで薬行って、汗拭いて。ようやく落ち着いたら、「すいません、迷惑かけました。ありがとうございます。」
俺さあ、その言葉を聞いたとき泣きそうになったんだよ。自分は何一つ悪くないのに、ただ運が悪かったそれだけでこんな病気にかかって、
自分は何一つ悪くないのに、ベッドに縛られて寝返りも打てなくなって、四六時中死ねと聞こえてくる地獄の中で、それでも戦っていて。
とてつもなくしんどい急性症状が少し明けたときなんて体力も思考も全部めちゃくちゃなはずなのに、
なのに、ありがとうございます、なんて。

なんでこの人が、こんな病気にならなきゃいけないんだろうなって。
俺だったら絶対言えないよ、それ。そんな、そんな思慮深い人が、どうしてこんな、人間として最も生き地獄のような毎日を送らなきゃいけないんだろうな。

その人は、俺の病院でやるべき治療を一通り終えて、元のかかりつけに戻って行った。
戻って行った数ヶ月後くらいに、肺塞栓症で死んだ。

泣くってことはなかった。不謹慎かもしれないけどどちらかと言えば、よかったなぁって、お疲れ様でしたって気持ちの方が大きかったんだ。
この仕事をして、人死にに慣れすぎたのもあるかもしれないけど、
それ以上に精神科って領域は特殊だから、精神病は、生きたいっていう生物の根源的な思考を、欲求を、渇望を、砂の城を端から崩すみたいに少しずつ少しずつ削り取っていくものだから。
だから、完全に病状が遷延化してしまって、何十年と戦い続けている人たちに、そうして戦った果てに果てた人たちに、残念だとか、生きていて欲しかったとか、言えないんだよ。最近。
頑張ったね、次は絶対に幸せになるから、絶対になってくださいと祈りを編むこと以外に、それ以上に相応しい悼みが思い当たらないんだよ。
もっと本音を言えば、こんなにも優しい人が、どうして苦しみながら死ななきゃいけないんだよって思うんだよ。

生きていることって、いや正確に言えば、
生きるって選択をし続けることって、偉大だよなぁ。

こんなふうにさ、健康で健全な連中が想像を及ばせることさえもできない世界で生きてる人たちがいて、
24時間365日ずっと戦っているような、人間としての尊厳を神様に没収されたような、そんな人たちがいて。
生きたいっていう、生物として超自然的かつ根源的な感情さえも自分の意志努力でかろうじて、毎日朝が来た時切れてしまわないように淵の淵で保っているような人たちがいて。
何かを恨むこともできなくて。

最近さあ、精神疾患っていうものの過渡期だから、少しだけその存在が広まった揺り戻しで、また昭和みたいな物言いする奴が目につくんだ。
生きてて偉いって甘えだの、辛かったら投げ出して逃げろなんて無責任だの、真にうけるな、だの。

偉いだろ。バカか。
えらい、なんていう言葉だから持たれる印象がかわんのかな?二歳児に向けるような雰囲気があるから。
じゃあこう言おう。生きる選択をしたことは、何よりも偉大だ。

死ぬほどムカつくことに、本当に頑張っていて、苦しんでいて、優しいお前みたいな人間ばっかりが傷つくんだよ。そういう、無差別にショットガンを撃ちまくるような連中からの悪意を食らうのは、死んでしまったあの人や誰よりも優しいお前みたいな人間だけなんだ。
ショットガンを撃った奴も、そいつが撃とうと思っていたであろう奴も何も傷つかないし覚えてすらいないし、1時間後には来週配信されるNetflixの映画に馳せていたりする。お前だけ傷ついてるのに。そんなこと考えもせず。
そんなばからしい、救いのない話ないだろ。

俺たちはお互いに、エラい!👏みたいなノリでその言葉を使ってない。そんな軽々しいものじゃない。
外の奴らはそんなことを知る由もないけど、想像力の欠如した人間が、想像する発想すらできないほどの地獄を慮ることなんでできるはずがないけど。
俺たちは、毎日泣きながら、咽びながら、傷つきながら死にたくなりながらそれでも
それでも、今日生きたねって、偉いよな俺たちはって、
神様に勝ったぞって、こんなにも地獄なのに、それでも逃げなかったぞ、って。

なあ、死ぬことという逃避をしなかった人間が、一体何から逃げてるんだよ。
戦ってるよ、立ち向かってるよ。
死ぬことが唯一の逃げで、それ以外の選択は全て立ち向かってんだよ。それほど偉大な行為があるか。それほどまでに気高い行いがほかにあるか。

俺はずっと言い続けるよ。生きることを選んでくれてありがとうと、とても偉大だと、頑張ってると。
しんどかったら全部投げ出していいと、全部投げ出してもいいから、死ぬことだけはしないで欲しいと。ずっとずっと言い続けるよ。絶対に言い続けるから。
確かに一個ずつ何かを始めていく必要がある時期や瞬間もある。全てゼロにすることが正しいわけじゃないときだってある。
けどそれは少なくとも、今これを読んで泣いてるお前のことじゃない。

死なないことを選択してくれさえすれば、少なくとも日本って国はマジでどうにでもなるしなんとでもなる。死なないことだけ選択してくれれば、誰だって世界上位30%くらいの暮らしができる。
何も分からないしどうしたらいいかわからなければ、いつも何回もいうけどいつだってDMを待ってるから。

これからきっと数年間、無知蒙昧の奴らが心無い感情をぶつけてくることが増えると思う。
全部全部俺たちの障害だ。気にしないことも完全に目にしないことも無理だ。本当にただの毒で、悪で、ただの障害だ。
でもそれは全部正しくなくて、俺が言うことだけが正しくて。絶対に忘れないで欲しい。脳みその一番でかいところにびちゃびちゃに墨汁浸した筆で殴り書いてくれ。
俺たちは、今日生きることを選んだ偉大者だ。

胸を張っていい、誇っていい。あなたは誰よりも、絶対に優しい人だから。俺が絶対にその事実を守るから。

今日生きるって選択をした俺たちは、毎日神様と戦って今日を手放さなかった俺たちは、絶対に何より気高い人間だろうがよ。
誇ってくれ、そして願わくば明日も。明日も一緒に。

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