鍋を見つめる

分かってはいたけどこの時期はめちゃくちゃ辛いな。
分かってはいたけど、何をしててもずっと頭が砂嵐みたいになっていて、覚えのない不安焦燥感にずっと、ずっと苛まれてる。

外から受ける何もかもの刺激が無理で、
大人しく布団に入って動画かなんかでも見るだけにしようと思っても、
頭が働かなすぎてYouTubeやアマプラを開くはずが気づいたら30分もひたすらただホーム画面を左右にいじってるだけで。

健康になりたい。なりたいね、本当に。
最近暖かくなってきたね、雨だから少し憂鬱だけど、部屋の掃除をしたり、あの映画を見たりしようかな。そんな思考が、ごく当たり前になるような。
朝起きて真っ先に思うのが死にたい、で、何も手につかなくて何もできないような、
ただ心臓が動いてるだけのぶりきのおもちゃのように、なりたくなんてなかった。
しんどいね。

こうも体調がめちゃくちゃ悪い時、つい俺たちはその理由を探してしまう。
雨だから、3月末だから、あの時言われたあの言葉、昨日あのときのあの人の微妙な顔、そんなもの全部、本当は原因じゃなくて。自分が何かしたせいなんてことはひとつもないし、何も俺らは悪くない。
けど、正体不明のものはいつだって怖くて、いつもいつも俺たちを追い立てる。だから、分かるはずもなくて、あるはずもない何かの正体を突き止めたがる。
そんなものないし、俺たちは絶対に悪くない。世界も、俺たちが思ってるほど悪くない。

ただ、病気なだけなんだよ。病気にいろんな理由を求めるのはこの世の人間全員する。俺たち精神患者だけじゃなく。
もちろん、明確に理由があることだって多くある。楽だよな。こんなこと言っちゃいけないけど、理由がある病気は楽だよな。
俺たちは、ないからさ。それさえ拠り所にできねえもんな。拠り所がなさすぎて、自分のせいに全部して責めて、カッターナイフに頬擦りして、酒で一瞬でも呼吸をして、
また、もっと辛くなる。

ほんとさぁ、頑張ってるよなぁ。いつになったら良くなるんだろうっていつもいつも思っていて。
たまに体調の良い日が続いたところで、また近いうち訪れるこの地獄の時間を想像するだけで気が萎えて。
そのためにと、運動したり、眠れもしねえのにちゃんと夜寝て朝しんどいけど一生懸命起きて、飯もバランスよく食って、出来る限りのストレスを感じないよう、慎重に、慎重に生活して。
それでも、こうなる。一旦そうなれば、そんなことをする余裕なんてものもかけらもなくなる。
終わらない。ずっと、その中で生き延びてきたんだよな。
そりゃあ死ぬ奴だって出るさ。こんなに辛えんだ。それに耐え切れず、救いを求めていってしまうやつを、俺たちは死んだって後ろ指をさせねえだろ。
でも、俺たちは生きてるんだよ。優劣じゃない、だから何とかもなく、ただ事実として。

生きてるんだよ。


見つめる鍋は煮えないと、精神科医が言ってた。
いまかいまかと鍋を見ているうちは煮えることはなくて、意識の外に行った時、忘れた時に煮えてくる。
薬も飲んでる、休んでいるのに、いつ良くなるんだ。いつまでこうなんだ。
そう思ってるうちは、まだ休むべきときで。そう思ってしまううちは、俺たちの脳みそはまだうずくまって泣いていて。


今できることは、ベッドに入って、目を閉じることすら辛いから、ただ何をするでもなく天井や壁を見つめること。
それでいいんだよ。俺も同じだよ。今こうしてかろうじて文章を書いてるけど、生きるために死なないために、死にそうになりながら生を削って文章を書いてるけど。終わったらまた天井でも見つめるよ。
少しだけ楽になったら、エアコンの稼働音より小さな音量からでも音楽を流すよ。
そうしてそのうち寝てしまって見る夢はきっと悪夢だけど、それでも、それでも死なないから。

なぁほんとさ、辛いよなこの時期は。
一番自殺者の多い時期。俺たちにとっての、本当に地獄の時期。
ホームレスにとっての真冬のように、セミにとっての九月のように、
苦しみ抜いてる俺たちは、今日だってどこかで、どこかにいってしまっている。
いつそうなるかなんて分からないよな。明日か、ひょっとして今晩か。それでも、それでも
それでも、一緒に生きよう。

見つめる鍋は煮えない。必ず、水が沸き立つときがくるから。信じているよ俺は。ずっと、ずっと。それがいつなのかいつなのか、もう何年も鍋を見つめているけど、信じられなくなって死ぬことばかり考える時だって両手指じゃ数え切れないけど、
幸せになろうね。それでも、幸せになるから俺たちは。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?