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フラット接地の功罪

”フラット接地”(陸王ではミドルフット)このスキルは、日本陸上競技界で特にスプリントでは2000年前後くらいから最強の接地方法と言われるくらいの素晴らしい感覚というくらい専門誌などで語られ、フラット接地以外はありえないくらいの状況でした。実際に私を含め多くの友人たちもこのフラット接地を意識していました。

私自身、このフラット接地のおかげでバウンディングや三段跳の動作が格段に向上し、記録も伸びましたが、それも高校生まででその先は伸び悩みました。スプリントに関しては完全に伸び悩み、大学1年時にフラット接地からつま先接地に変えることで一気にスプリントが伸び、三段跳の記録も大きく伸びました。

私としてはこのフラット接地という表現は非常に厄介な表現であると考えており、今回はこのフラット接地について解説していきたいと思います。

フラット接地の生まれた背景

フラット接地という言葉が出てくるようになったのは1991年の世界陸上東京大会で400mで決勝に残った、高野進さんが「すり足走法」という独特の走り方とともにフラット接地という言葉も一緒に出てき始めました。それまでの走り方とは、

腿を高く上げて、脚を前に振り出して、つま先から接地してスパイクの突起を利用して引っかいて走る

というのが指導の中では言われていました。

それに対して、高野進さんは、

腿を高く上げずに、すり足のように足を前に出して自然に足を振り下ろして、フラットに接地して走る

と、今までの走りとは全く違う走り方で日本記録を更新し、日本人初の44秒台となる44”78という記録も打ち立て、世界陸上で初の決勝進出を果たします。

と、同時に、世界陸上東京大会では日本陸上競技連盟のバイオメカニクス班があらゆる種目の動作を解析するために当時の最新機器を投入し、世界トップクラスの選手は今までの指導現場で言われてきたものとは全く違う動作をしていることが色々と判明しました。

この中でフラット接地という表現もその中に徐々に含まれていきます。

前述の通り、かつて日本では腿を高くあげて前に振り出して、ひっかくように走るという指導が多くなされていました。特に腿を高く上げる動作が強調されていたため、ピストン型のスプリント走法と表現されています。

一方、世界のトップクラスの選手は高く腿は上がっているものの、腿を上げることよりもつま先接地よりもフラットにちかいナチュラルな接地をしており、なによりも脚全体が後方へスイングされるスピードが日本人のスピードよりも圧倒的に速いことから、スイング型のスプリント走法と表現されています。

これらの研究の成果と高野進さんの好成績からフラット接地という言葉が徐々に浸透していきます。

幻の9”99

そこから時代が進み、1998年のバンコクアジア大会の準決勝。ある一人の選手が2位以下に圧倒的な差を着けてゴールを駆け抜けていきます。フィニッシュタイマーは9”99で止まります。競技場全体が大きな歓声で揺れました、歴史的瞬間が生まれるのでは?と。

その選手が、伊東浩司選手です。2017年に桐生選手が9”98を出すまで10”00の日本記録を保持していた日本人の9秒台という夢を見せてくれた選手です。

実は、伊東浩司さんは東海大学で高野進さんの指導を受けていました。彼もまたフラット接地を意識しており、彼の活躍でフラット接地という言葉が日本スプリント界では一気に広まっていきます。フラット接地専用とも言えるシューズも彼の契約していたアシックスから発売されたほどです。

伊東浩司さんは、高野進さんのすり足走法とフラット接地を更に進化し、スムーズな重心移動で駆け抜けていく走りを磨き見事な結果を出します。

彼の場合はこの、すり足走法とフラット接地だけではなく、初動負荷トレーニングというイチロー選手と同じトレーニングをしていたことも大きな要因ですが、陸上の世界でフラット接地という言葉が大きく認知されたのは、この伊東浩司さんの活躍が大きかったと思われます。

日本人初のスプリント種目でメダル獲得

2003年の夏、日本中が織田裕二さんの「この後すぐ!」という言葉に騙されて迎えた日本時間でいう深夜4時前。眠気を抑えながらテレビにかじりついていた陸上ファンの眠気を一気に吹き飛ばす歴史的瞬間が生まれます。

パリの地で世界陸上日本人初となる銅メダルを末續慎吾選手が200mで獲得するのです。

久しぶりにこの動画見たら、泣きそうになりました。(笑)

この末續選手もまた、東海大学に進み、高野進さんの指導を仰ぎ、フラット接地の完成形とも言える走りをし、200mでは20”03という19秒台に迫る記録を打ち立てます。筆者も、この20”03を横浜国際総合競技場(日産スタジアム)にて目の前で見ていました。

トラックの上を滑るようにスムーズに駆け抜けていく走りは衝撃的で、スピードスケートを見ているような滑らかな走りは今でも目に焼き付いています。

この末續選手の快進撃でフラット接地は更に日本スプリント界で浸透していきます。彼の契約していたミズノからもフラット接地専用シューズも発売されます。この時代では誰もがフラット接地をしていました。もちろん筆者である私もフラット接地とフラットシューズの虜となっていました。

フラット接地は諸刃の剣

さて、ここまでフラット接地の歴史を紐解いてきました。なぜここまで語ったかというと、この3人の選手の活躍がフラット接地の解釈を歪めてしまったと言っても過言ではないからです。言うなればフラット接地が時代を作ってしまったがゆえに動作の本質よりもフラット接地という言葉が先行してしまったことが指導現場や中高生のような若い選手に間違った解釈で伝わっていたと私は考えています。

フラット接地は足裏全体で接地しません

フラット接地を足裏全体で接地するものと、多くの人は解釈しています。というかトップ選手が足裏全体で接地する感覚で走ると言ってしまったのが誤解を生みました。

でもトップ選手は間違っていません。決して彼らは「足裏全体で接地して走る」とは言っていません。

足裏全体で接地する感覚で走る

と言っています。それと同時に、「拇指球で捉える」ということもトップ選手は口を揃えて言っていました。拇指球だけというのはちょっと人それぞれではありますが、足裏全体で接地したならば拇指球で捉える感覚は生まれません。つまり、このフラット接地というのは最初の方に出てきた「つま先で引っ掻いて走る」動作や、つま先が過剰に先行してブレーキになるような接地にならないようにするための意識としての動作であって、実際は拇指球や土踏まずよりも前のフォアフットな接地をしています。

しかしながら、フォアフットをしようとしているわけではなく上手にリラックスして走ることができてフラット感覚をイメージできれば自然とフォアフットで走れるのです。この感覚を全部まとめて「フラット接地」という解釈になってしまっていたことが罠のようになっており、悪循環にはまってしまった人たちは多いのではないか?と考えています。

幸いにして、筆者である私はそこから正しい解釈をできたことで記録を伸ばすことができたので良かったのですが、抜け出せなかった人たちも多くいると思います。

なぜ、この記事を書いたのか

さて、なぜこのような記事を書いたかというと、このフラット接地という言葉がスプリントの世界で再流行しそうだからです。

下手に流行して間違った解釈が広まるとまた記録が伸びない人達が出てきます。実際に2008年〜2015年くらいまで次なるヒーローとなるスプリンターが出てきませんでした。10”0台の選手はポツポツ出てきましたが、圧倒的な選手がしばらく出てこなかった。

飯島秀雄→井上悟→朝原宣治→伊東浩司→末續慎吾

というスプリントに名を残す選手がいて、桐生選手が出てくるまで時間がかかりました。これは私の考えではフラット接地信仰が影響していて、それが少し薄れたからこそ今の若いスプリンターがガンガン出ているのではないか?と感じています。

しかし、桐生選手がフラット接地を意識しているということがYouTubeで発信されいて、フラット接地がおそらく再流行します。なので、正しくフラット接地するための注意点をいくつか述べておきたいと思っての発信です。

このフラット接地において、足裏全体で接地すると大きな力に耐えることはできます。この大きな力に耐えることができるということが更に誤解を生んでいます。
大きな力に耐えることはできても、足裏全体での接地はアキレス腱を主体とした足首のバネを使うことができません。足裏でベタっとして連続ジャンプすると、全然飛べません。

しかし、つま先に体重を載せて飛ぶと・・・ピョンピョン飛べます。
このときの注意点は、つま先だからといって背伸びするような感じで、ふくらはきに過剰に体重が乗るのはNGです。ポイントは、、、

体重を上に持ち上げてしっかり上半身で支えて足にかかる体重の負荷を軽減させてつま先で捉えることがポイントです。体重を上手に上に引き上げることができると僅かにかかとが浮くはずです。この僅かにかかとが浮いた状態が適切な接地位置。つまりフォアフットであり、フラット”感覚”である接地の状態です。

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手書きのものですが、左のような状態がベストです。ダメなのは右のようなつま先立ちです。この違いをフラット接地という言葉で表現していると理解してもらえると、きっとわかりやすいのかなと思います。

最後に

「アドバイスを読み間違えるな」という記事でも書きましたが、こうした言葉の解釈の違いでトップ選手の動きが間違って理解してしまい、競技の成長が鈍化してしまうことはとてももったいない気がしています。

以前よりもより情報発信が簡単になったので情報を得やすくなった反面、伝え方が間違っていると正しく伝わらないこともあります。それが悪いということではなく、それを整理する場所があってもいいよなと私は思っています。そして、たぶん、私はその整理する場所として発信できたらなと思っています。noteではテキストベースで、今後YouTubeも始めるので、動画としても色々発信をしたいと思っています。

陸上はもちろんのこと、他のスポーツに関してもこの動作やこのメソッドはどうなの??なんてことがあったら気軽に質問してください!ツイッターは開放しているのでDMや@メンションなど、お待ちしております!

また、個別に指導を受けたい場合はオンライン指導もしていますのでそちらもぜひ!

ではまた、次回の記事をお楽しみに!

より内容のある記事の発信のためにサポートいただけると嬉しいです。今後取材やインタビューなどもしていきたいなとも思っているので、応援をどうぞ、よろしくお願いいたします。