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エモい映画①〜二人のアンダーソンに愛を込めて〜

 先日、『リコリス・ピザ (原題:Licorice Pizza)』を見に映画館へ行った。

TOHOシネマズ 日本橋

 大好きなポール・トーマス・アンダーソン監督(以下、PTA)の新作であり、本当に楽しみで楽しみでしょうがなかった。見たら相当好きな映画だった。

 70年代前半のアメリカ西部を舞台に15歳のゲイリーと25歳のアラナの青春映画である。基本的にこれといった物語はない、くっついたり離れたり喧嘩したり・・・と書くと駄作みたいだが、これが本当に面白いのである。PTAらしく完璧に作り上げられた70年代アメリカ、場面場面のおもしろさ(ブラッドリー・クーパーが出るところは特に最高だった)、演出・会話のおもしろさ、音楽の素晴らしさ (「リコリス・ピザ」というタイトルはLPのチェーン店の名前から来てるらしい)、何よりショットやカメラワークの素晴らしさ、「これぞ映画」という映画である。

 『リコリス・ピザ』を見てて思い出した映画がある。ウェス・アンダーソン監督の傑作、『天才マックスの世界 (原題:Rushmore)』だ。

 『天才マックスの世界』もアメリカ西部を舞台とした青春映画である。色んなクラブを掛け持ちし、落第寸前のマックスとビル・マーレイ演じる家族と疎遠な(ドン引きするレベルで家族に対して愛がない)会社経営者ブルームとの奇妙な友情とオリヴィア・ウィリアムズ演じる未亡人の教師クロスへの片思いを描いている。

 『リコリス・ピザ』のゲイリーも『天才マックスの世界』のマックスもとてもアクティブで色んなことに挑戦をする。青春映画における若者は「可能性」を象徴する。子供は何にだってなれると思うし、何にだってなれる可能性を秘めてる。成長にしていくにつれて自分がなれない物がわかっていく。成長とは可能性を閉じていくことなのだ。だが、ゲイリーもマックスもその自覚はない。「自分は何にだってなれる」と本気で思い込んでる。

 『リコリス・ピザ』は決してゲイリーかアラナかの視点のみで進んでない。実は客観的な視点も時折入っている。ゲイリーが子役のオーディションに、15歳なのに受けに行き裏で苦笑いされる場面がある。実はゲイリーの可能性は閉じつつある。15歳のマックス君もそうした可能性を試しているうちに退学処分を受ける、両映画とも現実がいよいよ15歳の身に訪れる瞬間を描いている。

 「エモい」という言葉の意味を実は未だによくわかってない。おそらく「哀愁」とか「ノスタルジー」とかに近いのだろうけど・・・というかそういう定義でこれから書く。『リコリス・ピザ』は「エモい」映画だ。大人になると自分の可能性が閉じてることにたまに非常に自覚的になる。だからゲイリーやマックスのエネルギッシュさが刹那的ということがわかってる、それ故に「エモさ」を感じるのだろう。そして、それを更にエモくしてるのは劇中の大人の存在で『リコリス・ピザ』ならアラナで、『天才マックスの世界』ならブルームやクロスだ。自分の可能性を諦めてしまった大人が15歳のエネルギーに感化される。だからアラナもいろんなことにチャレンジしようとする、一方でやはりそれは「子供の特権」であることも本当はわかってる。だからこの世に居場所をますます感じなくなる。まさしく、"Life on Mars?"の世界。これぞ「エモさ」なのではないのだろうか。そういえば、『天才マックスの世界』でも水槽の熱帯魚がメタファーとして登場していた。これは『卒業』から来てるんだと思う。大人の可能性のなさを象徴している。

 劇中でこうした大人を登場させることで子供は相対的にますます輝き、大人はますます切ない展開になって行く。だが映画のいいところは、そうした大人たちにも「青春をもう一度!!」とばかりに多幸感に溢れたラストを迎えさせてくれる。青春映画は、こうした青春の刹那を永遠と思わせてくれる「エモい映画」の代表格の『Mid 90s』もそういったラストだった。

 しかし、実はこうした映画は一見希望を与えつつも絶望も与えてる。『リコリス・ピザ』は73年の話で、その後アメリカはウォーターゲート事件(『ザ・バットマン』のモチーフにもなってる)やベトナム戦争の敗北を経験する。PTAが『リコリス・ピザ』に影響を受けたと言っている『アメリカン・グラフィティ』のラストのラストも青春のきらめきを刹那的にしてしまう映画だった。『卒業』だってその後二人が順調に幸福で・・・とは言えないラストになってる。青春映画の「エモさ」はこうした多幸感がやはり刹那的であるということで完結するんじゃないだろうかと思う。

 ちなみに大人が「可能性」を求める映画として、『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ』という映画もあり、個人的にめっちゃ好きなんだがこっちはそんなエモくないです。ただ、こっちは「青春」が一生続くことを揶揄してる映画でもあるので強ちこの記事に出したのは的外れではないと思ってる。


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