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弱いつながりが新しい機会をもたらす、は本当だった

以前どこかで、緊密なつながりよりも弱いつながりの方がイノベーションには効果的だ、という話を聞いた。感覚的には何となくわかる。
いつも話す人じゃなくて、ちょっと顔見知りの人と雑談や話をすることはすごく刺激になるし、新しいアイディアの素になったりする。

この考えはアメリカの社会学者、マーク・グラノヴェッターの「弱い紐帯(ちゅうたい)の強み」理論がベースである。

弱い紐帯の強みとは?
「弱い紐帯の強み」とは、米国の社会学者マーク・グラノヴェッターが発表した社会的ネットワークに関する仮説です。グラノヴェッターによれば、新規性の高い価値ある情報は、自分の家族や親友、職場の仲間といった社会的つながりが強い人々(強い紐帯)よりも、知り合いの知り合い、ちょっとした知り合いなど社会的つながりが弱い人々(弱い紐帯)からもたらされる可能性が高いといいます。

日本の人事部HP 弱い紐帯の強み より引用

たしか、うつ病の予防にも親しい密な人間関係があるよりも、顔見知りの挨拶をかわす程度の人がたくさんいたほうが有効である、という離島での社会研究もどこかで読んだ気がする。(思い出せないので、もしご存知の方がいれば教えてください)

そしてこういう弱いつながりこそ、身近なコミュニティではどんどん失われていっているような気がするこの頃。コロナ禍もそうだった。
近所の人にあいさつするのは、ずいぶんと減ってしまったような気がする。

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仕事のきっかけを作ってくれたのは、前の職場の同僚だった。

同じ職場でもやっていた仕事は違っていたから、雑談したり、たまに部の仕事を一緒にやる程度。私が仕事を辞めることになるまで個人的な話をする機会はそう多くなかったような気がする。

彼が新しい職場に勤めてしばらくたって、私のことを思い出してくれ、こういう仕事って興味ある?と声をかけてくれた。

その時はあんまり仕事をする気分でもなかったので、「興味はあるけれど、正直言って(フルタイムの)仕事をしたいのかよくわからない」とだけ答えて、とりあえずCVは送った。

そうしたら急に先方から「一度会ってお話したい」みたいな展開になって、どんどん話が進んでいってこちらが面食らう始末。
いや、困ったな(自分が興味あるって言っちゃったんだけど)、と心の中では焦りまくりで、とりあえず一度カジュアルにお話しましょうと。

正直なところ面談の最中もどうやってお断りしようか、ずっと考えていたくらい最初はあんまり乗り気じゃなかった。
ただ、話している間にふと気づく。
これは私がやりたかった「人と人をつなげる、人と企業をつなげる」仕事じゃないだろうか。

↓ noteにもこんな記事書いていました。ちょうどこの一か月後くらい。

というわけで、サプライズがなければ、年明けから研究の社会実装をサポートする仕事を始めることになりそうです。

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それにしても、紹介してくれた件の彼はこのnoteはもちろん、私の詳しい来歴もやりたいことも知らなかった。
飲み会でくだらない話は結構したけれど、本当は何がしたいかなんてじっくり話す機会はそうそうない。

それなのに、何のご縁かひょっこり繋がるのは本当に不思議。

そしてやっぱりこの世はご縁の世界なのだな~と思う。

私は今主婦なのだけれど、仕事をしていた時代を懐かしく思うときはたいてい仕事を通じて知り合った良い人たち(この人すごいな、とか、こんな考え方あるんだとか、諸々の想いで含む)を思い出した時で、逆に残念な人やことは意外と思い出さない。

辛かったし、散々な目にもあっている割には、仕事を辞めてからそういうことは思い出さないのは出産の痛みを忘れられるのと同じメカニズムなのかも。

私はお世辞にも社交的とは言えない人間だけれど、やっぱりご縁や人を大事にするとか、仕事での人間関係を良好に保つことって大切なんだなと思った出来事でした。思いがけず、推薦書の件でも前職のお世話になった方々に助けていただくことになったし。

弱いつながりに感謝。
そして新天地でも弱いつながりを広げられるよう、ゆるりと動きたいと思います。

読んでくださってありがとうございます。

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