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冷凍食品から考察する新技術の市場普及

要旨

冷凍食品が好きなフェルヲによる、ニチレイが冷凍食品を如何に市場へ普及させたのかの超概説と、新技術を市場に普及させる際の示唆。
新しい技術(や商品・サービス)を市場に普及させる際のよもやま話としてご笑覧ください。

冷凍食品の魅力

私は冷凍食品が好きだ。ニチレイが好きだ、マルハニチロが好きだ、ニッスイ、日清食品、東洋水産、味の素、テーブルマーク…偏愛するメーカーは枚挙にいとまがない。
各メーカーの提供する冷凍食品は味もさることながら、技術の活用アイディアも素晴らしい。
私が最近感心したのはニチレイの冷凍冷やし中華である。「電子レンジは温かいモノを作るもの」という私の固定観念に対し、冷たい冷やし中華を電子レンジで作ってしまうアイディアは感心した。
その仕組みは電子レンジのマイクロ波は氷を溶かしにくいという技術特性を活かし、冷凍された冷やし中華の上に予め氷を乗せることで、冷やし中華の温度を一定以上上げないというものだ。つまり、乱暴に言ってしまえば一般的な技術特性の応用にすぎない。しかし、この特性を活かし魅力的な商品に昇華できたことはニチレイの企業の革新者としての凄みだろう。
冷やし中華 特設サイト|冷凍食品・冷凍野菜はニチレイフーズ (nichireifoods.co.jp)

冷凍食品の市場普及は商品の魅力だけか
(ニチレイのケースと理論)

現在では(過疎地を除き)容易に入手可能な冷凍食品であるが、ここまで普及した要因は冷凍食品自体の魅力のみによるものだろうか。旨くて安い冷凍食品が作れたから、ここまで広く市場に普及したのだろうか。

ニチレイの社史を眺めてみると、旨くて安い冷凍食品の開発のみに注力してきただけでなく、冷凍食品を一般消費者に届けるために必要な、小売企業、電機メーカーへ協業の交渉をしてきたことが分かる。
例えば、ニチレイの1956年や1959年のケースによれば、当時は冷凍運搬車や冷凍庫の普及が不十分であった。

当時の日本は白黒テレビが一般で、日本が国連に加盟(1956年)し、東京タワーがやっと完成(1958年)、長嶋茂雄と王貞治が巨人に入団(1957年、1958年)した時代である。フェルヲどころか両親も生まれていたか怪しい。

そんな時代のなかニチレイは、小売店には冷凍庫(冷凍ストッカー)の設置を、電機メーカーには冷凍冷蔵庫の開発を促し、さらには自社も冷凍トラックの自社開発をすることで、冷凍食品を一般消費者に届けるためのサプライチェーンの整備に注力していたのである。

 * ニチレイは一般消費者に対しての啓蒙活動もしていたようで、例えば小売店で専用の売り場を設置してもらったり、宣伝イベントを開催していたようである。
ニチレイ75年史 (nichirei.co.jp)

このように、新技術(ここでは冷凍食品)を市場に普及させる際は、新技術を魅力を高めたり宣伝するだけでは不十分で、普及を支える他業界の企業たちを見極め、彼らと協業することが肝要になる。

経営学者のAdner(2012)は、SonyやAmazonの電子書籍の市場展開や、ミシュランのPAXシステムの事例を用い、コーイノベーション・リスクとアダプションチェーン・リスクという概念を提唱し、他企業との協業の留意点を説明した。
コーイノベーション・リスクとは、自社の新技術が商業的に成功するかは、関連する技術の商業化に依存するという指摘である。
アダプションチェーン・リスクとは、新技術を支える他企業が、その新技術の価値を認めなければ意図したとおり協業せず、商業化に失敗するという指摘である。

Adner(2012)の説明を踏まえてニチレイの事例を解釈すれば、ニチレイはコーイノベーション・リスクに対処するために他企業に冷凍輸送・保存技術の革新を促したのだろうし、アダプションチェーン・リスクに対処するために粘り強く他企業へ説得をしたのだろう。

 * なお、この考え方は分業が前提となっているが、すべて自社で完結させる垂直統合の考え方もある。例えば小売から作物生産へ事業を拡げたイオンや、DVDレンタルサービスから動画コンテンツ自社制作に事業を拡げたNetflixは垂直統合の好例である。分業と統合はそれぞれ利点と欠点があるが、先人たちが説明し尽くしているので本文では説明を割愛する。

ワイドレンズ | 東洋経済STORE (toyokeizai.net)
Amazon | The Wide Lens: What Successful Innovators See That Others Miss (English Edition) [Kindle edition] by Adner, Ron | Economics | Kindleストア

どのように新技術を市場に普及させるか

ニチレイが行った新技術(冷凍食品)の普及を支える企業たちへの働きかけは、Adner(2012)の主張を鑑みれば普遍性があると考えられる。

新技術といえばガートナーハイプ・サイクルであるが、近年はこのなかでも「メタバース」だとか「5G/Beyond 5G」は良く耳にする印象がある(5Gは近年少々勢いが衰えているように思えるが…)。
賢明な読者は既にご存じだろうが、メタバースや5G/Beyond 5Gも、その技術の普及によって収益化を図る戦略を描いている企業は、普及を支える見込みのある企業たちと積極的な協業を図っている。
例えば、メタバースの普及のためにNTTドコモは、ダンス事業のスタートアップと資本・業務提携をしているし、5G/Beyond 5Gの普及では大手通信3社以外のみならず通信機器メーカーも、規模問わず様々な業界の企業と積極的な協業を図っている。

さて、ここまでで超概説したニチレイの冷凍食品等の新技術の普及事例を振り返ったとき、
自社の製品・サービスを市場に普及させる際に果たしてどれだけ「普及を支える企業たち」の存在を気にしているだろうか。

自社の新技術(商品やサービス)そのものの魅力を高めるためのR&Dやマーケティング活動はもちろん大事だが、
普及を支える企業たちへの働きかけに気をかけることも大事だと考える。

報道発表資料 : XR事業におけるダンスコンテンツの拡充に向け、株式会社アノマリーと資本・業務提携に合意 | お知らせ | NTTドコモ (docomo.ne.jp)

5G/IoTの共創で“製造業のビジネスモデル”に革命を (前篇)|be CONNECTED.|法人のお客さま|KDDI株式会社

 *メタバースは様々な企業が創発的に作り上げている技術的流行であり、5G/Beyond 5Gも標準化団体(3GPP等)が普及を促している標準的技術であり、冷凍食品のような特定企業が提供する新技術という点では若干毛色が異なる。しかし新技術の普及という点では共通する部分があると考えたため本文で取り上げた。

最後に


  • 事実誤認や異なる解釈などありましたら是非ご意見ください。

  • セブンコーヒーを飲みながら書きました。気が向いたらセブンコーヒー分のお布施をくださいますと幸甚です。

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