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#055 スカンノへの旅 (その3) 絵を描いていると、やたらと声を掛けられる

 海外で絵を描いていると、よく声を掛けられる。スカンノも例外ではなく、地元の人や旅行客から、やたらと声を掛けられた。
 そっと後ろから絵を見る人、横から眺める人。「ボンジョルノ」「Good job!」「Good work!」「Beautiful!」「Wonderful!」と声を掛けてくる人もいる。少し長く見ている人がいたら、私はその人に言う。
 「あなたはラッキーな方だ。なぜなら、私は日本でとても有名な画家なんですから」 すると、その人は、
 「へえ〜、そうなんだあ」とスケッチブックを覗き込む。そして、しばらくして私は言う。
 「さっきのは冗談ですよ」
 「え? 信じたのに…。アハハハハハ…」 お互い、笑い合う。
 このような会話を楽しむ。
 スカンノではこの発展形があった。この会話の後、彼の友人たちが遅れてやってきた。彼は友人たちに言った。
 「俺たち、ラッキーだよ。この人さあ、日本で有名な画家なんだって」
 「本当? どれどれ」と数人に囲まれた。しばらくして、彼は言った。
 「冗談だよ」
 「え? 冗談なの? アハハハハハ…」
その後、彼らは「Good job!」「Good work!」と言いながら去って行った。

 イタリア語で話しかけられると手も足も出ない。何を言われているのかサッパリ分からず、困った顔をするが、それでも話し続ける人がいた。困ったなあ。どうすればいいんだろう。じっと聞いていたら、彼の言葉の中にfinishとcolorらしき音があった。私は頭の中を高速回転させ、この人は何を聞いているのかと考えた。そして推測した。私は万年筆でペン画を描いていたのだが、この人は、これで終わりなのか? この後、色をつけるのか? と聞いているのに違いない。
 「Many color?」
 「Si」
 「Not many color.Black only」
 こう言って、私はスケッチブックを捲って仕上がっている他の作品を見せた。ペン画だから、黒色のインクだけを使って描く。着彩することもあるが、外でのスケッチではそこまではできない。
 笑顔で「Good work!」と言って、イタリア人は去って行った。やれやれと少しホッとした気持ちで彼を見送った。

 ある家のドアの斜め前で描いていた。かなり重そうな荷物を抱えた青年がドアに向かって歩いてきた。私は腰を浮かせて移動しようとしたら、
 「No problem. Dont' worry」
 さっと英語が出てきた。一瞬の出来事ではあったが、イタリアの青年に爽やかさを感じた。

 言葉が通じないもどかしさ、ヒヤヒヤ感。少し通じたときのホッとした気持ち。
 言葉が通じなくてもNo problem. Dont' worry.
 私はスカンノの町で絵を描き続けた。

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