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#054 スカンノへの旅 (その2) このポイントに決めていた

 旅行会社トラベルプランからスケッチツアーの案内書が届いたときは胸が熱くなった。4年前のツアーでは、直前になって不都合が生じて参加することができなかった。その翌年から3年間はコロナ禍でツアーは実施されなかった。だから、今回のイタリア・スカンノへのスケッチツアーは5年振りのものとなる。
 コロナ禍のとき、もうスケッチツアーには2度と行けないかもしれない、海外への旅も無理かもしれない…とも思われたので、トラベルプランから届いた案内書を手にしたときは胸がジーンとなった。

 案内書にはスカンノの写真が何枚か掲載されていた。ああ、ここに5連泊するのか。石畳の道、石造りの建物、窓に置かれた植木鉢、赤色の花、行き交う人々、それらの写真を見て心が踊った。
 その案内書を机の前に立てて毎日眺めた。毎日眺めていたら、その内の1枚の写真が声を掛けてきた。「ここにおいでよ」と。住宅の屋根越しに教会が見える。教会の後ろに山々が広がっている。住宅の脇には細い通りが見える。この小径は教会に通じているのだろう。歩いてみたい。

 私は決めた。スカンノでのスケッチはこのポイントから始めよう。
 それから出発までの1ヶ月間、そのポイントに座って絵を描いている自分の姿を想像しながら時を過ごした。
 やっと始まる。
 遂に始まる。
 待ちに待った至福の時がやってくる。
 心は日に日に高揚していった。

 9月29日、そのスケッチポイントに私は立っていた。
 ここだ。写真で見たままの景色が広がっている。夢が現実になっていることに心が震えた。今日から夢の数日間を、この町で過ごす。さあ、第一歩を踏み出そう。
 椅子に座り、F6サイズのスケッチブックを開き、目の前に広がる風景を見上げた。
 「さあ、始めよう」
 大きく息を吸い、一瞬息を止めた後、一気に吐き出した。

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