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完成された人間とは

東京はまだまだ暑さに苦しむ夏が続きそうだが、9月1日から実家に帰っておりなかなか快適な日々を過ごしつつある。

加藤シゲアキ作「チュベローズで待ってる」二部作を読んだ。彼の著書を読むのは初めてで、私はアイドルに関して全く知識がないため著者のことは詳しく分からない。しかし作品はミステリ要素は軽めとは言え、社会を風刺したような面白い作品だったと思う。

就活に失敗した大学生が就職浪人をしながら、家族を養うためホストを始める。そこで出会った客が、就職浪人をする原因となった最終面接官であった。そしてここから彼女を巡り周りの人々を巻き込みミステリ的展開をしていく話である。

この作品は2部作Age22、Age32と2作あり、Age32は1作目の10年後を描いた作品になっている。2作目の方がミステリ要素が強く、ミステリが好きであればこちらの方が読み応えのある作品と言えるだろう。

この作品を読み思うのは、やはり現在の世の中は完成された人間がベースの社会であるという事だ。精神異常者や、身体障害者は未だに煙たがれたり、逆に近年では過度に心配され哀れみの目で見られたりする。

ここからはネタバレである。

兄弟は兄は身体を殺し、弟は心を殺し社会の中で完成された人間として成り上がっていく。読み進めていくうちにこれがわかった瞬間鳥肌が立った。主人公と同じく「こんなことが可能なのか?!」と本気で思ったが、考えてみれば不可能では無い。いちばん怖いのはこの状態で人が生きていけるということだ。そして知らないうちにお互いが一つであることに違和感を持たなくなりお互いが感覚を共有し合えるようになっていく。その均衡を崩す原因となるのが恋愛感情である。恋愛は人にとっての強い欲望だ。恋をしている時は、何をしている時も端の方に好きな相手が自分を覗いているような、逃れることが出来ない境地にいる気がする。(このような事を最近ミス研の夏合宿で盛り上がったのを思い出した。)私自身恋愛に上手くいった経験がないので恋愛に関する人の普遍的心理を上手く語れる自信がないからこの辺でこの話はやめておこう。

話を戻そう。この作品は恋愛小説では無いのだ。Age32は未来(2026年辺り?)の時系列であるので、まだ現在には無いテクノロジー等も記述されている。その中で歌舞伎町は変わらずそのままの空気を沈殿させ存在するものとして描かれている。歌舞伎町という場所は不思議であの街は来るものは拒まず、他の街より時間が流れるのがゆっくりであるように感じる。イメージとしては竜宮城に近いと私は考える。ブラックホールのように吸い込まれ、そこで過ごした時間は煌びやかだ。しかし、そこから出るとその空間は社会から隔絶された虚構のような場所であったと実感し、社会の流れの速さに恐れ戦く。
本文にもあったように、人の温もりを感じることの出来る歌舞伎町はきっと変わらず在り続けるのだろうと私も思う。10年後に歌舞伎町に行けば、私も煌びやかな世界に魅了されていた10代を思い出してノスタルジアを感じることが出来るだろう。

全体を通して、前半からの細かな伏線を回収し、複雑な人間心理を描写しており、若い世代のカタルシスも上手く書かれている。アイドルがこのダークサイドな話を執筆しているというのもギャップがあり挑戦的で面白いと思った。著者の別の作品も読みたいと思える作品だった。

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