スロベニアのなまはげに逢いたくて 👈世界道バタ紀行#2
5年ほど前に読んで以来、ずっと心に残っていた記事がある。
独特なコスチュームに身を包んだ人々が森の中を練り歩く不思議な写真とともに、スロベニアの伝統行事「クレントヴァニエ」を紹介する記事だった。
「クレントヴァニエ」について簡単にまとめると以下引用の通り。
『カラパイア』というサイトは、扱うテーマや書き手の温度が非常に好ましくて長年愛読しているが、中でもこの「クレントヴァニエ」の記事は滋味深く心に染み渡り、おそらく今後も行く機会はないであろうスロベニアに対して、それでも万が一訪れる機会があれば2月にしよう、なんていう思いをふんわりと残した。
なのでクロアチア転勤が決まって最初に思い浮かべたのは、魔女の宅急便、紅の豚、そしてこの隣国のイベント、クレントヴァニエだった。
ザグレブに引っ越してからグーグルマップで調べてみると、開催場所のプトゥイはありがたいことにここから北に約100Km、車で1時間半という近さが判明。
すぐに行ってみたくたくもなったが、引っ越し当時は6月でクレントヴァニエ開催の2月までは半年以上。慌てることはない、じっくり調べて行こう。
なんてしているうちに、わたしはすっかり油断した。
いや、油断というよりは、だんだんめんどくさくなってしまったのだ。
まずプトゥイに行く手段を調べてみたが、ザグレブから近い街ではあるものの、直接繋ぐ公共交通機関がなく、プトゥイよりも遠いスロベニアの首都リュブリャナを経由してバスか電車を使って片道6時間かけて行くか、それが嫌なら自分の運転する車で行くしかない。車の場合、運転はいつも夫に頼むのだが、今回は有給をとって付き合ってもらうほどの意欲が湧かず、かといって、自分で運転してスピード制限130キロ超えの高速道路を飛ばす勇気も技術もない。また、ザグレブの人に色々聞き込んだ手応えがあまり芳しくなく、ほとんどの人がクレントヴァニエを知らないか、稀に知っている人がいても、一緒に行きたい🎶とノッてくる人が皆無であった。更には、プトゥイの街中を巡るパレードの情報は掴めるものの、カラパイア記事のように、荒野の中に佇む姿を見られそうな機会や方法については全く調べがつかず、「なんか思ってたんと違う…」という感がどんどん溢れてしまったのだ。
こうして興味が薄まり、徐々に忘れ始めたわたしは、クレントヴァニエまで一か月を切る頃になっても、もはや全く思い出すことはなかった。
ところがである。
一旦話は逸れるが、わたしはかれこれ25年以上日記をつけており、クロアチアでは三年連用日記を使っている。連用日記とは数年間分の同じ日付の日記欄が1ページに印刷されているもので、今のは2019〜21年分の3年間分を縦に連ねて記せるようになっている。
↓以下写真参照(三年分の11月1日のページ)
2019年分を無事書き終えて、ザグレブで初めての新年を迎え、元旦から2段目の2020年を書き始めた。やがて1月も早々と末日を終え、さて明日から2月だわい、とページをめくってみたところ、不意にこんな付箋を発見した。
はっ
、プトゥイ・・・
久しぶりに思い出す街の名前は確かにわたしの字で書かれていた。しかも、一番大事なことを知らせる時に使う黄色付箋+赤ペンのコンビネーション。クロアチアに渡航する直前のわたしが未来のわたしに宛てたメッセージには、きっとめんどくさくなって、なんの準備もせずに忘れているであろう自分のために「(用意)」とまで記されている。よくわかってらっしゃる、そして、悲しいほど予想通りである。過去の自分の先見、そして細かい配慮に心打たれた。
そうだ、クレントヴァニエ行こう。
こうなりゃ街のパレードでもなんでもいいから一度行けばいいじゃないか。そう吹っ切れて調べ始めた途端クレントヴァニエの公式サイトを発見した。
が、一週間以上続くカーニバルの期間は、伝統的パデントから国際色豊かな仮装パレードまで、ありとあらゆるイベントがごっちゃ混ぜに開催される様子で、わたしが求める”あの”クレントヴァニエがいつどこで登場するのかはサイトをいくら読みこんでも全くわからなかった。
またしても面倒臭い臭が…
いやしかし、黄色い付箋が萎える気持ちを奮い立たせる。
とはいえ、いくら読んでもよくわからないスケジュールにはお手上げなので、結局のところ、最終日なら全部出るだろうと勝手に予測して2月22日に当たりをつけた。その日のイベント開始時間は午後1時とあるから、朝ゆっくり出発できるし、ゾロ目もなんだか良い。よし、この日にしよう。
決めれば行動は早い。夫に有給を取るよう頼み、ついでにレンタカーの手配も頼み、高速道路や国境越えについても調べるよう頼み、諸々準備完了。
迎えた2月22日は清々しい心が空に映えたかのような快晴。夫が朝に一仕事あったので出発は11時と遅めだったが、余裕で間に合う出発だった。
しかし…
幾度も確認したはずのスケジュールを車内で読み直していると、なんと開始時間が11時となっている。いや、前見たときは絶対13時だった!とよく読み直して目に入った13の数字には、終了時間と書かれていた。
ガビーーーン…
なんでこう、事が始まってから気づくんだろう…昨日も確かめて、意外と心配性で、何度も読んだのに、なんでこう、肝心なところがドカンと抜けて、動き始めてからしか気づけないんだよ…本当なんなん…永遠に続く自問自答地獄に突入しながら、とりあえず時間確認の失態を夫に伝えた。
が、元々クレントヴァニエ自体にさほど興味のない彼は全く意に介さず、「まぁ行ってみようよ、綺麗な街みたいだし。だいたい、カーニバルの最終日なんて、なんだかんだ一日中盛り上がっているんじゃないの。」と呑気に返してきた。そう言われれば確かに、年に一度の大きな行事の最終日が、たった2時間のイベントだけで終わるはずないねぇ、と単純に気楽になった。
なのに…
13:20プトゥイ着。
街の入り口付近は、ゴーズトタウンかのように人がいなかった。
本当に全く人がいなかった。駐車場も空いていた。
いや、でも、ここはまだ街の端だし、きっとみんなメイン会場に行ってしまってるんだね、そうに決まっているよね、と、自分を励ましながら街の中心部へ歩いて向かうこと5分、かろうじて人影のある道に出た。
少な…
でもわずかな期待を胸に、更に中心の方へ向かうと、
もっと少な…
あまりの活気なさに心が怯む。
が、まさにこの時、
わたしの耳が遠くでかすかに響くカウベルの音を拾った。
👈💨「あっちだ!!!」
音を頼りに猛烈にダッシュしていくと…
これまでにない人混みに遭遇!
うむ、手応えあり… (琵琶丸)
よりはっきりと聞こえ始めたカウベルの音目がけて、細い坂道を人並みかき分けて加速ダッシュ👈💨
すると…
いたぁ!
動いてる!歩いてる!
本物のクレントヴァニエ!
まさに”あの”クレントバニエが今目の前を歩いている!大興奮で近づきながらほぅ〜っと見惚れた。
が、
見つめることわずか5秒、彼らは突然わたし以上の猛ダッシュをかけて遠くへ行ってしまった。
え!?
あっというまに遠ざかる毛皮の背中を呆然と見送る。
ふと横にカーニバルのスタッフらしき人がいたので、
「今日は他にどこでクレントヴァニエが観られますか?」
と声をかけた。
すると彼女は、優しさと悲しさを讃えた深い眼差しでわたしを見つめ、キッパリと教えてくれた。
「今日あなたにはもう彼らを見るチャンスはありません」
あまりの潔さに、英文が今も耳に残っている。
You don't have any chance to see them today.
あぁ、なんとシンプルで清く潔い英文だ。まるで教科書に出てきそうだ。
ここまではっきり断言されると、普段はすぐに引き下がる気の弱いわたしだが、今回はなんとなく諦めきれず、
「せっかくこのために日本(から移住したザグレブ)から来たのに!」
「(数年後には)日本に帰らねばならぬので今日は貴重なチャンスなのに!」
「ホームページには(終了時間だけど)13時って書いてあった、まだ13時半じゃん!」
等々、もちろん()内のことは隠したまま、彼女の清い潔さとはあまりに対象的な往生際の悪さで粘った。が、所詮いちスタッフらしき彼女にできることはなく、見れないものは見れないとの返事。それはそうだし、正直わたしの方でも、言いたいことは言ったし、一瞬でも観れてよかったじゃん、と、すでに納得しつつもあった。
とはいえ、やっぱりどこか寂しい気持ちはいなめない。仕方がないから街の見物でもして帰ろう、とトボトボ歩き始めると、ふと右手の奥にギュッと心惹かれる小径があった。
素敵な気配に惹かれてフラッと小径に入るわたしの背後から、突然夫が呟いた。
「あれ、やれば?」
え?あれって…あぁ、あれ!?
それは、遡ること3ヶ月。私はチェコ共和国のとある街で、寂しい心を持て余したら突然道にバタリと倒れこむ「道バタ」という治癒行為を発見していた。
自分ではすっかり忘れていた「道バタ」を、まさか夫が覚えているとは意外だったが、さすが撮影した当人だけのことはある。
そうだ、わたしには「道バタ」があったじゃないか!
瞬時に前後左右人がいないことを確認して、わたしは迷わずバタった。
あぁ、吸い込まれていく、
わたくしの中の、
寂しさという湿り気が…
スロベニアの石畳の優しいこと…
無骨ながら頼もしいこと…
と、安心しきって己の存在全てを道に委ね、
鎮まる心の静けさに浸っていたその時突然、
「Wa hahahahahahahahahahahah ha〜」
道いっぱいに盛大な笑い声が響き渡り、
わたしの静寂を打ち破ってしまった。
軽やかなソプラノで心底愉快そうに笑う声は、
まるで天から降ってくるようだった。
天使?天使なの?
そう幻聴しながら声の方を見上げてみると…
はっ!あんなところに人が!
前後の無人は確認したのに、まさか上があったとは…
恥ずかしさから慌てて立ち上がり、内心はドキドキしながら、平静を装って照れ隠しに周りを撮影したり、手元の地図を開いて覗き込んだりした。ちょっと落ち着いてもう一度見上げてみると、思ったより遠いし、自分が笑われたと思うのは自意識過剰だったかもしれない。
地図によると笑い声の主がいたのはプトゥイ城の城壁で、今いる小径はそこまで繋がっている様子。とりあえず行ってみようと話がまとまり、小径が曲がる方へ道なりに進み、だんだん急な傾斜となる細い坂を登ること5分。
プトゥイ城に到着。
小さくも美しい街並みが眼下に広がる。
で、さっき笑い声の主がいた場所から下を覗くと、
うん、バッチリ見えるね。
矢印が私のいた場所。
うん、あそこに人が寝てたらおかしいね。
わたしを笑っていたね。
教訓:今度から道バタするときは前後左右に加えて上下も確認すること。
さて、気を取り直してお城を見渡す。
お城というよりは住居に近い雰囲気の素朴な造り。壁には日時計。
正門横に博物館があったので入ってみたところ、嬉しいことにクレントヴァニエの衣装や道具が山ほど展示されていて触り放題だった。
かっこいい。
ズラっと並ぶコスチューム。一つ一つに名前があって、雰囲気も素材も全く違う。
じっくり見入りすぎて写真がほとんどないのが残念なものの、キャプションのおかげで、クレントヴァニエという名前は1960年代以降という案外最近使われるようになった名称であること、街でもみかけた羊皮のコスチュームはコレントやクレントと呼ばれていること、この地方に伝わる伝統的なフィギュアはとてもバリエーション豊かで何十種類も型があるということ、今はローマ系の文化を色濃く継承しているプトゥイだが一番最初に定住したのはケルト系民族であったこと、などなど色々と知ることができた。
別室では地方独特のナイーブアート作業模型も堪能。
お城から街中へ戻る道すがらの遠景は、ブリューゲルの「雪の狩人」を彷彿とさせる静けさに満たされていた。
そして中心部へ戻ると、
クレンドヴァニエを無事終えた人たちが、
子どもと戯れたり、
バーで乾杯していたり、
それはそれで、さりげなくもかけがえのない瞬間を見せてくれて、ありがたさに胸がいっぱいになった。
静かな美しい街プトゥイPutujは今日もきっとひっそりと旅人を待っているだろうな。
なお、わたしはここで、自分がクレンドヴァニエとの出会い以上に、再開した道バタへ対して非常に深い充足感と、異常に高い快感を抱いていると気づいてしまった。
以降、本格的にわたしの道バタ紀行は始まったのであります✨🌈
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