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世界で一番正しいスパゲッティの食べ方

これは フェンリル デザインとテクノロジー Advent Calendar 201921日目の記事です。

週に一度、仕事場のそばのスパゲッティ専門店で昼食をとる。飲食店は人間観察のための実験室だ。

お客さんの多くはフォークとスプーンを使ってスパゲッティを食べる。右手に持ったフォークを左手のスプーンに押し当ててスパゲッティを巻き取り、両腕を上げ下げしながら一口サイズの固まりに整えたところで口に運ぶ。よく見かけるあのスタイルである。

ある人は両脇を締め、ある人は両肘を張っている。前者はラグビー W 杯元代表の五郎丸歩選手によるキックのルーティンを連想させるし、後者はオーケストラの指揮者がタクトを振る様子を思い起こさせる。腕をほとんど上げ下げしない人はオペ中の外科医のようだ。

でも、ダメなんだそうですよ、そういった食べ方は。

徹底した人間観察の成果を数々の映画作品にまとめ上げた伊丹十三監督(1997 年 12 月 20 日、64 歳で没)。彼が 31 歳のときに上梓したエッセイ集『ヨーロッパ退屈日記』に「スパゲッティの正しい食べ方」と題する文章が収められている。

「まず、イタリーふうに調理したスパゲッティの前にきちんと座る」
「スパゲッティとソースを混ぜあわせたらフォークでスパゲッティの一部分を押しのけて、皿の一隅に、タバコの箱くらいの小さなスペースを作り、これをスパゲッティを巻く専用の場所に指定する。これが第一のコツである」
「スパゲッティの一本一本が、五十センチもある場合は、二、三本くらいだけフォークに引っかける」
「次に、フォークの先を軽く皿に押しつけて、そのまま時計廻りの方へ静かに巻いてゆく、のです」
「そして、フォークの四本の先は、スパゲッティを巻き取るあいだじゅう、決して皿から離してはいけない。これが第二のコツである」
伊丹十三著『ヨーロッパ退屈日記』新潮文庫

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文章に添えられている伊丹氏自身によるイラストを模写した

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同上、模写。伊丹氏は若い頃、イラストレーターとしても活動していた由

こうすれば、「スパゲッティを完全な紡錘形に巻きあげて、ほとんど芸術的、といってもいい悦びを感じ」られるという。この本に出合った 13 〜 14 年前から、私は氏の教えに忠実に従っている。

だが率直に申し上げれば、片手だと食べづらい。握力がいる。時間がかかる。巻き取る本数を欲張ると固まりのサイズが巨大になり、口に入れるのに往生する。だから人は両手使いに流れるのだろう。伊丹氏自身、上のように書いたそばから「このほう(両手使い)がうんと楽」と認めている。

一体どっちなんだよ。

この「伊丹式スパゲッティの正しい食べ方」に絡みつく「でも食べづらい」という課題をデザインの力で解決した人たちがいる。中川政七商店である。「パスタのためのフォーク」を東京の新迷所「渋谷スクランブルスクエア」で入手した。

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「パスタのためのフォーク」のパッケージには次のような説明文が載っている。「パスタを食べるための専用フォークです。一般のフォークより爪の間隔を狭くすることでパスタが滑り落ちにくく、横幅も小さいため口に入れやすいサイズに巻き取れます。また、スプーン状にくぼみをつけることでソースや具材をすくいやすくしています」。この、口に入れやすいサイズに巻き取る、フォークでソースをすくうという記述に、デザインした伊丹式信奉者の姿が見え隠れする。

このフォークの存在を知ったとき、私の心のセンター前にポテンヒットが落ちた。その手があったのかよ、伊丹式に悩んでいた人がほかにもいたのかよ、と。確かにこのフォークでスパゲッティを食べると、巻き取りやすくて食べやすい。スパゲッティを巻き取るという行為でさえ、森羅万象を司る物理法則に支配されていることを実感するのだ。

あえて難点を探すとしたら、1 本 800 円(税別)という価格だ。I ケアやN トリのようにはいかない。柳宗理のパスタフォーク(税別 750 円)をも超えている。それでも、私と同じく伊丹式を重んじる人には強く推奨したい。

伊丹氏は『ヨーロッパ退屈日記』を出版してから約 20 年後、1985 年公開の映画『タンポポ』で再びスパゲッティの食べ方を取り上げている。ずいぶん前から YouTube に上がっているのでご存じの方もいらっしゃると思うが、未見の方はぜひ。幾重にもネタが重なり合ったハイコンテクストでシュールな場面だ。食事中や満員電車での移動中には視聴しないほうがいい。

最後に、タイトルに掲げた「世界で一番正しいスパゲッティの食べ方」をご紹介して、本エントリーを終えよう。


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