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『ジェンダーで見るヒットドラマ』を読んで②

昨日書きかけた内容について、追加です。
今日はわたしの過去の経験を書いてみました。

まだ今日もちゃんとまとまっているわけではないけれど、ずっとずっと考えていて分かったこと、それは…。

わたしには「もう」関係ないと思っていた

という事実。もしくは

わたしには関係ないから、考える必要がないと思っていた

ということ。

女性の地位を男性並みにしようとか、会社でバリバリ仕事をする女性にしか関係のないこと。
わたしはもう会社員ではないし、昇進とか昇給とかないし、出産することもないから産休だの育休だの心配する必要ないから。

とどこかで思っていた。それを知って恐ろしいなと思った。わたしには関係がないから、知らなくていい、考えなくていい、そんな風に自分が思っていたことを恥ずかしく思った。

わたしはそういう波にのまれる前に、自分から逃げた。

という事実には目を向けようとせずに。

そして心のどこかで、逃げずに頑張っている女性たちのことを羨ましく思っていたのだとおもう。

わたしは頑張れなかった、でも頑張っている人がいる。だってあの人たちは特別だから、わたしは平凡だから無理。そんな風に思っていた。

***

認めたくなかったけど、わたしもみえない格差を味わっていた。わたしが女だというだけで、男性とはちがう扱いを受けていたこと。まったく評価されないわけではないけど、それなら男性なみにキツイ働き方をして仕事にすべてを注ぐくらいの気持ちがないとついていけないのだと。

わたしが働き始めた20年前といまでは違うのかもしれないけど。

***

学生時代は、平和だったなとおもう。
大学3年になって、まわりが就職活動を始めたころわたしはまだ部活に専念していて、まだ大丈夫だろうと呑気にかまえていた。4年生の春、最後の試合がおわって部活を引退、いざ就職活動を始めるとすでにタイミングが遅すぎた。この就職活動で、嫌というほど男女の差を感じた。

細かいことはまたいずれ書いてみたいと思っているが、資料請求の段階で男女は違う。超エリート校は別かも知れないが、わたしもいちおう国立大学だったのでそれなりに評価はされていたと思っていた。(ただし、男性に限る、だったのかも?)

当時は就職氷河期でもあったので、夏休みになっても就職先は決まらず最終的には教授推薦というコネで、難なく入れてくれる会社が決まった。卒業するころになって、頭頂付近にハゲができていた。ストレスで髪が抜けるのを身をもって知った。入社当時は、油断していると前髪がパラっと分かれたところにハゲが見えてしまっていて常にそればかり気にしていた。いまでも当時の写真をみるとキュッと胸がしめつけられる。

***

そんなツライ思いをしてようやく入った会社では、多少の理不尽は我慢しないといけない、そう思うのも不思議ではない。配属された部署は人間関係がよかったし、働きやすかったとは思う。ただ、いわゆる典型的な日本の会社だなと思わざるを得ない環境だった。

上司や先輩(すべて男性)は専業主婦の奥さんと子ども、まだ子どもがいない場合は奥様も仕事をしているパターンもあったけれど、専業主婦が多かった。数少ない女性の先輩もいたけれど、バリバリキャリアを積むというよりは、男性の影に隠れてあまりしゃしゃり出ることはない。だまって従うタイプなのかな、と思った。結婚して共働き、という女性の先輩はいなかった。厳密には、ひとり結婚されたけど気がついたら離婚してしまっていて、また独身にもどったときいた。

実際には女性の先輩とは一緒に仕事をしたことがなく、事務的な連絡をする程度だったので何ともいえないのだけれど。事務職の女性は、同じ社内の同期の男性と結婚していて、子どもはいなかった(子どもは好きじゃないといっていた)。

結婚してもバリバリはたらいて、そのうち子どもも産みたい、なんて思ってもそのモデルとなるような女性はひとりもいなかった。隣の部署に、お腹が大きくなるまで出勤していた女性社員がいたけど、ご主人も同じ会社の人で、理解があるんだなと思っていた。

実は就職したての頃、学生時代からお付き合いしていたひとがいて、いずれは(早いうちに)結婚したいと思っていた。遠距離でなかなか会えなかったことや、結婚したら仕事をやめて家庭に入ってほしいというタイプの人だったので、うまくいかなくて別れた。

わたしは結婚したからといって仕事をやめるつもりなどなく、そのことを相手の人はわかっていると思ったのに、いざ働き始めると、「結婚したら、やっぱり家にいてほしい」と急に手の平を返すようなことを言いだしたのだ。話をしてみるとどうやら、奥さんや子どもは自分が養うべきだと思うんだよね、と。どんだけ考えが古いんだよ、と思った。その心意気はありがたいけど、けっきょくのところ、自分の支配下に収めたいだけなのではないかと感じた。いま思うとこれも、男性の不幸なんだろうな。

わたしは共働き家庭で育ったので、母親が仕事をしていることが当たり前だった。平日は毎日朝から晩まで働く父と対照的に、母はシフト勤務だったので土日関係なく、早出や夜勤などもあったから、学校から帰ったときに家に母がいることの方が珍しかった。そのわたしに、結婚したら仕事をやめろだと? 

学生時代の相手と別れてからは、いっそう仕事や趣味に没頭するようになったのだが、30歳が近づいてくるとだんだんと「結婚」が課題となってきた。20代のわたしに、もし会えるなら優しく指導してあげたいが、当時は「30歳になってもまだ独身の人って、人間的になにか問題があると思う」と本気で思っていたし、実際、既婚者である先輩(たぶん30代前半)に、「そうですよね?」と発言した記憶がある。「ばかやろう。そんなわけはない。結婚するかしないかは個人の自由だ。」

そんなこんなで、1回目の結婚をしたときのわたしは30歳(ギリギリ)。あとでその間違いに気づいて離婚するのだけれどね。

***

思いつくままに書いてみたら、やっぱり。
わたし自身もめちゃくちゃ、「ジェンダー」だの、社会の「こうあるべき」に影響されまくっているし、そのおかげで本当に自分がなしとげたかったことを諦めているよね。

それを諦めずに努力している人たちを「あの人たちは特別だから」とどこか冷めた目で見ていた自分が恥ずかしい。

そんなことに気づかされた本でした。

わたしももっと自分の考えを深めていかないといけない。この問題は女性だけの問題ではなく、周りの人(男性も含め)の問題でもあるから、実質みんなの問題なのだと思っている。

わたし自身の身近な課題でいえば、身体の不調で整体院にいらっしゃる女性は、その原因が職場での働き方だったり、子どもやその周りの人間関係であることが多いと思うので、そういう女性たちの良き理解者でありたいと思う。そのためにも、「わたしには関係ない」などと言っている場合ではないのだ。

読書感想文というよりは、わたし自身の振り返りでした。

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長谷川 知美|整体師@女性の不調専門

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