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怜菜が終わりを迎えて
先日、怜菜の最後の動画を投稿しました。
これにて本編としては一旦おしまい、所謂Vtuber的な言い方をすると、「引退」となります。
以下大いにネタバレを含むため、本編視聴、『未央の話』読了後の閲覧をオススメします。
ネタバレ無しの記事はこちら
_怜菜
怜菜の日記
https://twitter.com/RENA_514S?s=09
『未央の話』
— 怜菜の日記@Vtuber (@RENA_514S) April 11, 2023
みおちゃんについての補足・解説
白い部屋に現れた「みお」は、怜菜の強い思いにより生み出された、プログラムのバグです。長期間、仮想空間で「みおは白い部屋にいる」と幻覚を見続けた結果、無意識下で「みお」というプログラムを新たに書き加えるまでに至りました。「いいの」の回で「幻ではない」と言っていたのは、そういうことです。
しかし、本当に「みお」は存在していたのでしょうか。動画内で一度も「みお」の姿は現れませんでした。再び現れた「みお」もまた幻覚だったという想定も、可能性の一つとして考えています。
何を真実とするかは、皆様にお任せします。
怜菜とはなんだったのか
以前の記事で書いたように、架空の存在への興味から始まった本作ですが、怜菜自身が「架空の人間として作られた架空の少女」という複雑な構成をしています。思えば、「お外のみおちゃん」が怜菜を生きている少女のように感じ始める様は、アイドルやキャラクターといった偶像に心酔する人々のようでもあります。
人間の脳とまるで同じように好みがあり、思考するプログラムの機能停止は、死と言えるのでしょうか。怜菜が考え、感じ、してきたことは、「生きてきた」と捉えるのか、ただの機械の動作なのか。
考えても答えは出ませんが、『怜菜』自体も作られた作品であり、この世には存在しません。
ともすれば、我々の生きる世界が仮想空間ではないという証明も、誰にも出来ません。架空とは何か考える時、現実とは何かということを考えなければならないのです。
おわりに
細かな変更点はありますが、怜菜の結末は始めた当初から考えていたものです。紆余曲折あり一年半かかってしまいましたが、なんとか無事最後までの描ききることが出来ました。「怜菜の日記」フォロワー様、チャンネル登録者様、ご覧いただいた方々、ありがとうございました。
P.S. 気分によりもしかしたら番外がある可能性もありますが、まあ、気分次第で(笑)
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