卯月妙子 / 人間仮免中

再読。壮絶なのに透明感があってどん底と希望が共存している。ときどき”感動”という言葉があまりに陳腐な常套句に思える後味を残すものがありますが、まさにこれは最たるものでしょう。

もしも帯を書かせていただけるなら、村上春樹の言葉を引用してこう評したい。

深い悲しみはいささかの滑稽さを持ち合わせている。深い苦しみもまたいささかの滑稽さを持ち合わせているものだ。



この作品は統合失調という難病かつ実は身近に発病する病をわずらった女性の実話をベースにしたコミックエッセイです。

精神分裂病が改名されてその名になったこと、幻聴や幻覚が聞こえてしまったり誇大妄想が起こることくらいしか予備病識がなかったんですが、これを読んで健常者のようにそれらが幻覚として認識できずに当事者にとって現実として体験されること・それが健常者に理解されずときに拒絶される三重の苦しみがあることを飄々とした作風でつづられている。

しかもそれが非日常のそれではなく日常的な目線で語られ、苦しみが深いほど滑稽さを持ち合わせているのだから、なんとも世知辛くなる。

また精神を病んだ美しい女性の顔面崩壊がもたらしたあれこれについて同性としていろいろ思うことがある。わたしは彼女の簡単な経歴しか知らないけれど、美貌が産んだ不運と葛藤がきっとあったと思うし彼女を苦しませていたと思うから。失ったものも大きいけれど、救われた面も少なからずあるんじゃないかな…そんなものがなくても受け入れてくれる愛があるものなのかと。

容姿がいい人を振り分けると、表情やしぐさ、内面の愛らしさがオモテに出てかわいらしく見えるか、つくり自体が美しかったり高嶺の華と評される顔立ちになる。卯月さんは後者。

その手の美貌の持ち主は世間が思うほどいいことばかりじゃなく、そこで自分にうぬぼれられない・自信が持てない人は屈折した自己愛からどこかで破綻をきたす。それがメンタルに出たことをあの人は純粋だとか繊細だという表面的な言葉で片付けたくなくなりました。

読んだ後は必ず誰かと語り合いたくなる熱量を持っている。もっと知られるべき作品です。これを目にした人が一人でも多く手にとってくれたら嬉しいですね。


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