スーパーコンシェルジュ 5-⑤

 「さっきの材料のこととかもうちょっと教えてもらっていいですか?」
 「あぁ、えっと例えば陶器と磁器の違いとか。グラスだと、どれも同じガラスだと思うかもしれないけど、ソーダガラスもあれば、クリスタルもある。で、そこによって値段も結構変わってきちゃうんだよね」
 「クリスタルガラスっていうのは、高いですよね」
 「そう。でも使ってみるとやっぱり『いいものはいい』みたいな気持ちになったりするよ」
 そうなんだ。うち、グラスもあんまりいいのは……あ、でもそう言えば結婚祝いにもらったペアグラスがあったな。今晩あれ使ってみるかなぁ。
 
 「で、僕が苦手としているデザインね」
 え? 自嘲気味に森川バイヤーが言う。
 「苦手、なんですか?」
 「苦手だねぇ。何がいいかとか、一応考えてみたりするし、決めなきゃいけないから決めてるけど、正直まったく自信はない」
 森川さんがちょっとびっくりした顔をしてた。
 「デザイナーズブランド、っていう言葉を聞いたことあると思うんだけど、そこまで行かなくてもある程度ブランドっぽくなっている商品っていうのは、やっぱりそれなりの値段がしてきちゃうんだよね。さっき言った原材料とか、逆に調理器具ですごい機能があるとかだと分かりやすくて、値段もなんとなく高くなったりすることが、まだ理解できるんだけど……デザインで高くなってるのは、ホント難しい。だからファッションフロアのバイヤーたちって、ホント尊敬するね」
 「かわいいとか、きれいとか、おしゃれとか、センスがいいとか、そういうことじゃだめなんですか?」
 「いや、だからそれが僕にはやっぱりイマイチよく分からないんだよ」
 こんなにカッコいいのに。ぱりっとした恰好をしてて、バイヤーさんなのに。そういうことが分からないということがなんだかすごく不思議に思えた。
 
 「僕の場合、前任が女性だったから、よけいにね。森川さんは知ってるけど」
 そうか~ 森川バイヤーの前は女性だったんだ。
 「彼女がまた、結構バリバリの人だったし、そういうセンスというか、商品を見る目ってすごくあったから、僕が店にいる時って、そういうことをあまり深く考えたり勉強しなくても良かったんだよね。今思うと、その時に色々学んでおけば良かったと思うけど」
 「でも、人にはやっぱり得手不得手がありますし」
 森川さんの懸命のフォロー。
 「ありがとう。でもだから、僕からすると、森川さんみたいな人の意見を、もっと聞かせてもらえるとありがたいと思うな」
 
 えー、ラブコール、ですか。思わず苦笑したけど、考えてみれば二人がちゃんと二人三脚出来てるんなら、今日みたいな提案を森川さんから受けることはないわけで。
 「あ、もちろん佐藤さんもだよ」
 取ってつけたように聞こえて笑ってしまう。
 「いや、ホントに。僕がつねづね思ってるのは、食品でメニュー提案とかしてるけど、けっきょくそれって食品フロアの中で完結しちゃってるんだよね」
 「そうですね」
 「でもたとえば、食品フロアで『夏の暑さにエスニック』ってやってるのに、リビングキッチン来て真正面には和で『そうめんどーん、日本の夏』じゃ、なんか違うんじゃない? って思ったり、するんだよ」
 「あぁ、そういうことって確かにありますよね」
 「もちろん商品サイクルが違うから、全部の足並みをそろえるのは無理かもしれないけど、店レベルでね、そういうイメージの統一みたいなことをもう少し出来ないかなぁと……それは店に居たころから感じてたことなんだけど」
 「そうなんですか」
 
 「今回のコンシェルジュの件はそういうことがちょっとでも変わっていけるきっかけになったら、リバティマートのリビングキッチン……というか、お店自体が、もうちょっといい風にお客様に提案できるお店になるんじゃないかと思って、ちょっと期待してるんだ」
 「あ、だから販売企画も噛んで……」
 また一つ、つながった。
 「だと思うよ。販売企画は販売企画で、商品のプロじゃない。演出の技術はあっても、商品から浮いちゃうんじゃしょうがないでしょう?」
 「ですね」
 「あくまでも、リバティマートがお客様に提案したいと思う商品なり、空間なり、生活なりがあって、その上にそれを強化するための演出があるわけだから。そういう意味で、店では販売企画会議があって、そこでは各マネージャーと販売企画で話したりするわけだけど、どうやっても現場でお客様に向き合ってる佐藤さんたちみたいな人の視線はこぼれがちだから、今回のコンシェルジュの組織を作ることで、そういう視点にもっとちゃんと取り組んで行こう、っていう風になるといいなと僕は思ってる」
 
 一気に言って、バイヤーはゆっくり微笑んだ。なんだろう、うまく言えないけれど、言外に「期待してる、責任重いけど」って、そういうものを含んだような。
 森川バイヤーは森川バイヤーなりに、いままでもずっと考えてきたことがあって、それをこの仕組みに託してる……って、ちょっとオーバーかな、でもそんなことを想像してしまうような表情。
 急に、ぶるっと震えが来た。背筋が伸びる。武者震い? こんな風に、あちこちに色んな思いの人がいて、その人たちの期待を背負ってしまってるんだという自覚。
 今まで割と、不安とか、怖いとか、そんな「自分のこと」ばかり考えてしまってたけど、バイヤーさんたちにはバイヤーさんたちにしか出来ない仕事があるように、もしかしたら私たちにしか出来ない仕事があるのかも知れない。
 
 課せられた役割。もしそれがあるのなら。
 言葉だけじゃなくて、何かつかめて来ている気がした。

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