スーパーコンシェルジュ 6-①

 6)周りの理解と無理解と
 ①
 8月に入って、間もないころだった。ちょっと遅めの昼休憩。
 チラシの立ち上げ日で、平日なのに、お客様は多かった。スーパー業界の売上は全体ではまだ売り上げの前年を割ってるっていうけど、幸いにしてリバティマートはしっかり回復傾向らしく、調子も悪くないらしい。
 
 お弁当を作って来ていなかったので、お寿司でも食べようかな~ と売り場を回る。休憩中とはいえ、お客様の目も気になるし、商品も気になる。生鮮品は実はあまり聞かれることはなかったりするんだけど(リバティマートでは生鮮は対面販売が多くて、しっかり接客担当の方がいるのだ)、だからと言って知らなくていいってわけじゃない。
 
 チラシでは夏向けの洋風サラダみたいなメニューが載っていて、確かカルパッチョサラダみたいなのもあったよな~ と魚売り場をぐるり。ないな……
 惣菜の扱いじゃないだろうし、と一旦端まで行ってから戻って、ようやく見つけた。すみっこにちょっとだけある、それ。
 チラシ商品で、一番目立つところにあったはずなのに、売り場ではそんな扱いで、売り場で一番幅を利かせていたのはマグロ。
 いや、美味しそうではあったんだけどさ。
 
 そんな話を休憩室でしていたら。
 「あんたなぁ、魚のうまさも分からんくせに、偉そうにしてるんじゃないよ」
 だみ声でいきなり降ってきた。水産の結構年配の契約社員。
 「え?」
 おもわず硬直。向かいにすわっていたみっちゃんとかも、びっくりした感じでその人を見つめてる。
 「カルパッチョだかなんだか知らねぇが、あんな女こどもに食わせるものなんて、ちょっと置いてありゃいいんだよ」
 「女こどもって」
 「そうだろうが」
 「でもお客さんの中心は女性じゃないですか」
 「どうせ旦那の金だろ? 帰ってあんなもん食わされる旦那の身にもなってみろ。あんただって旦那が稼いでるからパートでちゃらちゃらした仕事で食っていけてるんじゃねぇか」
 「ちゃらちゃらって、どういうことですか」
 かっとなる。確かに潤ちゃんがいるから、パートでいるのは事実だけど、仕事に対してそこまで言われる筋合いもない。
 
 「ちゃらちゃらはちゃらちゃらだよ。本当にうまいもんも知らねえ、ダンナにそういうもんも食わせてやらずに、へんな調味料ぶっかけてみたり、こぎれいに飾るばっかりでうまくもねぇもん作ってみたり」
 「料理の工夫をすることが悪いと思いませんけど?」
 「食いもんってぇのはな、保守的なものなんだよ。なじみの味が一番なの。それをレシピだなんだっつって、下手に手を加えたって、ろくなことにならないね。第一そんなこねくり回さなくたって十分おいしい食材をそろえてるんだよ、こっちは」
 「そうは言ったって、色んな料理を食べてみたいと思うものだし、これだけ色々な食材が入ってくるのに、それを試してみたいとか思わないって言うんですか?」
 「だからそれはあんたが勝手に思ってるだけでしょ」
 「レシピとかあたらしい提案は無駄だっていうんですか? これだけインターネットとかでレシピとか料理のサイトとかあって、色んな人が見てるっていうのに?」
 「はっ。そんなん、一部の若いもんだけだよ。年をとってくれば、保守的なものに戻るものだよ」
 「今の若い人が年取った時にそうなる、なんて分からないでしょう!?」
 
 おもわず、語気が強くなった。
 「もどるんだよ。食いもんの好みなんて、そうそう簡単に変わらない」
 言い捨てて、ふいっと立ち去る。
 「なってみないと分からないじゃないですか」
 背中に投げる、精いっぱいの最後の抵抗。
 色んなことを、バカにされたことだけは分かった。今の私のやってること。今のリバティマートがやってること。パートで働く女性のこと。一生懸命料理の工夫をしている、世の中の女性のこと。
 「なに? あれ」
 みっちゃんが共感するように声を掛けてくれて、はっと我に返った。
 
 「どうしたの?」
 水産担当の女性の方がわざわざ来てくれた。ちょっと遠くの席でお茶していたのは視界に入っていたけど。かいつまんで説明したら、苦笑した。
 「まぁ……あの人はそういう人だから」
 その表情に、怒る矛先を失う。そういう人、なんだ。この人は同じ売り場なだけに、きっと日常的にあの人の「そういうトコ」を見て来て、それの答えが「そういう人」なんだなって思う。
 「気にしない方がいいよ。うちのチーフとかはそこまで石頭じゃないし」
 ちょっと冗談めかして言われて、思わずくすっと笑ってしまう。
 「そこに期待します」
 ちょっと首をすくめて見せたら、その水産の女性の人はほっとしたように笑ってくれて
 「大丈夫。私は佐藤さんのやってること、すごいなーって見てるよ」
 って言ってくれた。
 
 うわ、私の名前、知られてるんだ、って思った。私はその人の顔を知ってるけど、名前までは分からなかったから。
 みっちゃんも「そうそう」って頷く。
 「言ってたことも大概失礼だよね。料理の工夫、自分がしてみろっていうのよ」
 「まぁでも、あぁいう人は、多分ずーっと同じメニューでも、なんとも思わないんじゃないかなぁ」
 「そんなことって、あるかなぁ」
 「あるような気がするな」
 
 変わらないことが平和で大事なことだと、信じて疑わない人。
 そういう人って、どこにでもいる気がする。そういう人からしたら「新しいこと」とかそれに好んでチャレンジする人ってのが信じられないし、もしかしたら嫌悪の対象なのかも知れない。
 
 「でも世の中の流れってあるものだし、そういうことがあるから面白いのにね」
 「だよね」
 そう思うと、ちょっとかわいそうな人なのかも知れない、と思ったりもする。同情はしないけど。他人にあんな形でかみつく人は、そのまま取り残されてしまえっていう気分だったり。
 新しいものの中にも色んなものがある。いいものもあれば、悪いものも。それが淘汰されて行って、また別の物と結びついたりして、さらに新しいものになったり。日本の家庭料理って、そういう進化を遂げてきたんだってちょっと勉強すれば、分かることなのにね。
 あんな人もいるんだなぁって、ちょっと残念でさびしい気持ちになって、昼休憩を終えた。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。お役に立ちましたら幸いです。 *家飲みを、もっと美味しく簡単に*